暗がりの夏
大学生×社会人
「水原、それうまい?」
同僚にそう尋ねられ、目の前の食事に目を落とした。
小エビの入ったサラダしか置かれていない机は、質素で同僚の顔が不安そうになっている。
「おいしいよ。…それに、俺、肉が食べられないんだ」
「ふうん。栄養偏りそうだし、女子かよ、お前」
「はは」
「だからそんな細いんだよなぁ」
首を傾げながらかつ丼を食べる彼を見て思わず笑う。
机に置かれた携帯が震え、夏衣はそれを手に取った。
メール画面を開くと、見慣れた名前。
その名前にため息をつきながら、携帯を閉じた。
「どうした?」
「…なんでもない。さっさと食って会議会議」
同僚をそうせかしながら、自分の食べた皿を返却口に運ぶ。
それから資料を取りにディスクに戻った。
しんとした会議室に入ると、すでにいくつか席が埋まっている。
指定された場所に腰を下ろし、資料を広げ会議が始まるのを待った。
同僚は少しだけ遅れてきて、先輩が目を光らせている。
そんな様子に軽く笑い、暗くなる部屋に一度瞬きをした。
「あー…なんか食ったばっかだったからか、くっそ眠かったな」
「そうだな。お前後で谷山さんに絞られるぞ」
「え!?」
「あくびしてたの見られてたし。遅れてきたし?」
「水原〜っ」
ガッと肩を組まれて高校の時のような軽いノリに笑ってしまう。
途中ですれ違った上司が笑っていたのを見て、夏衣は同僚と顔を合わせた。
「恥ずかしいからやめろよ」
「はいはい、水原は冷たいなぁー」
上司がディスクに向かう姿を見ながら夏衣は資料を抱えなおした。
隣の同僚は夏衣の肩から腕を外し、携帯を見ている。
「そういや、和泉部長、2人目生まれたらしいな」
「え?」
「和泉部長の奥さん…あー、仁美さんがこないだ来て言ってたぜ。あの人相変わらず綺麗だよな」
「へえ。俺ちょうどいなかったからなぁ…」
「そうだったな。和泉部長、玉の輿だろ。うらやましいな」
「はは、玉の輿ねえ」
抱えていた荷物をおろし、椅子に腰を下ろすと夏衣も携帯を開いて、先ほどのメール画面を開いた。
『東ホテルで』
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