ココロツムギ
小説家×隣家の高校生
「人物の心を紡いでいく。…小説とはそんなものだ」
しんとした和室の中で、先生はそう言った。
ソファーに座って先生の背中を見ている俺に。
忙しそうにペンを走らせながら。
ココロツムギ
「先生、これ」
そう言いながら母が作った肉じゃがを渡す。
生活能力が乏しい先生は、母の作った料理が命綱のようなものだ。
俺から鍋を受け取った彼は、少しもありがたそうな顔をせずにありがとう、と告げた。
「…お茶でも飲むか」
「うん」
先生に促されて家の中に入る。
書斎に入って、ソファーに腰を下ろした。
ポットからお茶を入れ、俺の前にマグカップを滑らせる。
それから自分の分も入れて、執務机に綺麗にしまわれていた椅子に腰を下ろした。
「ツムギ」
「なに」
「…呼んだだけだ。ツムギって名前、好きだから」
「ふうん」
「興味なさそうだ」
「先生の方がね」
そう言うと、先生はくつりと笑う。
机の上に放り出されていた箱から煙草を取り出して火をつけた。
流れるような仕草を見つめていると、ライターを置いて眼鏡をあげる。
先生の仕草は、ひとつひとつが丁寧だ。
「ツムギ」
「…」
「今日、家に泊まるか」
「え?」
突然そう言われて、眉を寄せる。
持っていたマグカップを置いて、先生を見つめた。
何も読めとることのできない顔。
「…俺、明日文芸部の打ち合わせが…」
「ツムギ、文芸部に入ったのか」
「先生、俺、この間言ったよね。文芸部入るって」
「そういやぁ、そんなこと…。あぁ、たしかに、文芸部くらいじゃないと、俺のこと知らないか」
「…先生、高校生の間じゃ、知られてないもんね」
俺がそういうと、先生は意地の悪い笑い声を零す。
マグカップを持ってお茶をすすると、きい、と音を立てて机に向かった。
万年筆を手に取り、カリカリと忙しなく動かしていく。
先生の丸まった背中。
窓から入る光が、橙色から淡い黄色に変わった。
「ツムギ、泊まって行けよ」
「朝ごはん、温めるのが面倒だから?」
「よく分かったな」
「…先生ってモテないでしょ」
「…はしたない言葉を使うな」
声が少し不機嫌そうで思わず笑った。
マグカップのお茶がなくなったから、立ち上がる。
「…一回、帰るよ」
「別に寝巻とか貸すぞ」
「…下着、ないし」
「貸すって」
「俺と先生の体格差わかってる?」
俺と先生は一回りくらい体格が違う。
引きこもりのくせに、やけに体格がいい。
先生は俺の方を向いて、ニヒルな笑みを浮かべた。
「…浴衣ならどうだ」
「…そんなに泊まってほしいの」
「あぁ。…最近筆がはかどらない。ツムギがいると、書きやすいんだ」
「わかった。下着、新しいのだよね?」
「そこの棚。浴衣と一緒に入ってる」
「…お風呂、借りる」
先生はまた俺に背中を向けて筆を走らせ始めた。
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