真っ逆さまに落ちる。

先輩×後輩


愛される必要なんて無かった。
愛される資格が無かったから。
きっと、誰も。
誰も、ホントウの愛なんて、もってないんだ。


真っ逆さまに落ちる。


死んでしまいたかった。
家も、学校も、どこにも居場所がなかったから。
毎日通うあの場所に、毎日過すあの場所に、居場所なんてなかった。


「死んでしまいたい」

ここの屋上から飛び降りて、真っ逆さに落ちてしまいたい。
旧校舎、東棟美術室の窓から見える屋上から。
そこを眺めながら、汚れた熱い体を冷たい床に投げ出した。
ひんやりとした床が妙に心地よい。
遠くから、部活動に励む声が聞こえる。
何も考えたくなかった。
もう去っていった、汚した奴の事も。
全部、全部。
だから、ぐちゃぐちゃになった制服も、汚れた体も、放りっぱなしにする。
きっと、こんな所にだれも来ない。


「キレイだね」

突然、聞こえた声に目線だけそちらへ向けた。
そこには白いきらきらとしたキレイな、バタースコッチ色の髪が揺れるのが見える。
睫が頬に影を作っている。


「真っ白い肌に赤い唇に舌。ぐちゃぐちゃな制服も、この教室も、ぜんぶキミのためのモノのようだ」

「アンタ、だれ」

「知らない?」

「シラナイ」

しっとりとした、艶のある声が、聞こえる。
きらきらのバタースコッチから視線を外せば、また屋上が目に入った。
青い空が、きらきらのバタースコッチに遮られる。
彼がしゃがんで顔を覗きこんできた。
今度は、エメラルドの瞳が見える。


「紀伊ソラ」

「なんでしってるの」

「元美術部の紀伊ソラ」

答えてくれない奴はキライだ。
最も、誰かをスキになったことはないけど。
エメラルドが弧を描く肌色に遮られた。


「絵を描きに来たんだ」

「へぇ」

「ソラは絵はやめたの」

「やめた。ぜんぶ。ねえ、だれなの」

「キミのせんぱいだよ」

「せんぱい? …ああ、美術部…、だいちせんぱいね」

思いだしたの、と声にはならなかったが、彼の唇はそう動いた。
それから、細い、絵具がついた指が首筋をなぞる。


「キレイだ」

「ん…、ぁっ」

首筋をなぞっていた指先が下へ、下へ下がっていく。
心臓を通って、鳩尾を通って下へ下へ。
床に奪われたはずの熱が、また体にもどってくる。
目の前に見えるエメラルドが、熱を帯びて僕を蝕む。


「ひ、ぁ…せんぱい、」

「なに」

「どうして」

「こんなに、キレイなモノは初めて見た」

「そ、う」

「ただ、いただけないのは、僕のじゃない白だけだ」

「そう、ん、」

彼はバタースコッチを耳にかけてから、僕の唇に噛みついた。


投げやりにしていた体に彼が触れる。
触れたところから熱を帯びて、弾けた。
心地よい、何も考えられない。
ぜんぶ、ぜんぶが彼で染まったようだ。
中で、熱いモノがはじける。
落ちていく。


「あ、ぁ、ぁ…」

「ホント、キレイだ」

「…おちてる」

「ん?」

「、焦がれた、あの場所から、おちてるみたい」

「…そう」

「このまま、死ねたらいいのに」

「…じゃあ、死んでしまえばいいんじゃない?」

「いっしょに死んで」

「ふふ、そうしようか」

彼がキレイに笑うから、黙った。
音を立てて、中から彼が抜け出ていくのを感じる。
それから、立てていた膝を片方だけ伸ばした。
彼はしっかりと制服を着込む。
それを眺めていたら、彼がぐちゃぐちゃになったYシャツを体の下から取った。


「スラックスも汚れてるじゃないか」

「5人も相手にすれば、よごれるよ」

「5人も相手にしたの」

「うん」

「気持ち良かった?」

「最後の人のはきもちよかったよ」

「そう。それは良かった」

彼は汚れたYシャツで、僕の体を拭きはじめた。
まず内腿を、それから下腹部を。
丁寧に、優しく。


「絵、描かないの?」

「キミを抱けたから、描く気がうせた」

「意味がわからない」

「絵を描く気を無くすくらい満足したんだ。キミを抱いて」

「そう」

「キレイだよ。黒い、濡れ羽色のような髪も、孔雀の羽のような瞳も」

彼がそういうから、もう一度黙った。
それから、彼は体を拭く事にあきたのか、僕を起こす。
彼が僕を抱く時に脱いで、イスにかけたYシャツを着せられた。


「僕だけのモノにならないか」

「アンタだけの?」

「そう。キミがわずらわしく思うモノはぜんぶ排除してあげるよ」

「いいかもね、それも」

「じゃあ、今から、キミは僕のモノだ」

「…アンタが、飽きたら、その時は屋上から落として、ぐちゃぐちゃにして」

「いいよ、きっとそんなキミもキレイだろうから」

彼はそういうと、僕の肩をとん、と押した。
その力に逆らわずに倒れれば、なんとなく、落ちていく感じがして心地よい。
彼が中で弾けた時のように。
エメラルドの中で、微かに笑う僕が見えた。


真っ逆さまに落ちる。

end
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