夏花
世話焼き×ぼんやり 幼馴染
「幼馴染」という立場は、厄介である。
いくら恋人という関係になれたとしても、恋人である以前に幼馴染であるから。
気持ちの切り替えがなかなかうまくいかず、幼馴染の延長線上を抜け出せない。
全国にいる幼馴染と付き合っている人に聞いてみたい。
どうやって幼馴染から恋人に変われたのかを。
「ひま、夕飯」
「うん。母さん達今日はどこに行ったの?」
「伊香保だろ。夏なのによく温泉行くよな」
「夏だから行くんだよきっと」
生まれた日も同じ。
時間はひま…向日葵の方が30分早め。
この30分の差でひまは自分の方がお兄さんだね、と笑うことがある。
家は隣。向かって左が俺の家で右がひまの家。
両親達は父達は父同士、母達は母同士、幼馴染で今でも仲が良い。
その仲の良さから俺たちは30分のズレで生まれた。
要するに計画的にそういうことをして、奇跡的にこういうことになった。
幼稚園も小学校も中学校も高校も同じ。
進学しようと思っている大学も学科も同じだ。
そんな俺たちが恋人になるにはうってつけの環境であって、まあ、簡単に恋人になった。
「簡単つっても、愛は溢れんばかりにあるけど」
「露草? 何言ってるの〜、早くご飯食べようよ。お父さん達今日お母さん達がいないから泊りがけで飲んでくるって。早くご飯食べてのんびりしよ?」
「おう、そうだな」
リビングのテーブルに並べられた器には丸くまとめられたそうめんと、冷えためんつゆが置かれている。
これを作ったのは近所に住むひまの祖母。
そばに置かれた天麩羅に箸を伸ばしながら、ひまを盗み見る。
のんきにツルツルとそうめんを啜る姿が小動物っぽい。
今日こそ…、親のいない今日こそ、ひまの柔らかそうな唇にキスをしたい。と思っている。
「ひま、泊まるだろ」
「うん。…あ、でも仕上げないといけない絵があるからこっちで書いてもいい?」
「…あ、おう、ひまがキャンバスとか持って来る時に準備しておく」
「ありがと、露草」
ひまは純粋で、性欲を全く感じさせない。
保健体育の際に話を聞いたりDVDを見ても顔色一つ変えず、次の日コンクールに出す絵の構図を練っていた。
周りの男達はざわざわしていたのに対し、まるで悟りを開いているかのように興味を示さない。
そういう俺はひまにしか興味がなかったため、ざわざわする必要もなかったし、あまり女の体に興味がわかない人間のようだった。
「露草、ごはんたべたらお風呂いっしょにはいろ? 背中洗って〜」
「お、おう」
こういう発言もきっと何も考えずに発せられてるんだと思うと、自分がかわいそうに思えてくるから余計に辛い。
「ひーま、口元。海苔付いてる」
これくらいの触れ合いだけでは、17歳の男子高校生は物足りないと思うわけで。
両親のいない今日、せめて、キスだけでもしてみたい。
「露草は僕の保護者だねって、坂野江君が言ってた」
「…ぐうの音も出ない」
「ふふ、僕の恋人なのにね」
ひまの薄い唇についた海苔を少し震える指先でとってから、食べ終わった食器を運んだ。
食べるのが少し遅いひまも、食べ終えてから食器を重ね持ってくる。
お風呂に入る前にキャンバスを取りに行くのか、ちょっと家に行ってくると言ってから、家を出ていった。
「くっそー…タイミングわかんね…」
思わずそう呟きながら、食事を終えた食器達を洗い始めた。
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