君とこの町で
遠くに行きたい飽き性×地元愛の強い一途
君とこの町で。
ずっと過ごせたらいいのにと、幼いころからずっと思っていた。
「君とこの町で」
小学校を卒業するとき。
この校舎から離れたくないと思った。
ずっと大きな校庭で遊んで、クラスメイトの割に広い教室で学んで。
夏には25mのプールで競争した。
そんな、長かった6年が変わってしまうことが怖いと思った。
中学校を卒業するとき。
今度はこのふたつの校舎でできた300人程度の学校から離れたくないと思った。
飽き性の君と、初めて長続きした部活。
飽き性の君が、泳ぐことは好きだな、と初めて教えてくれた。
そんな、毎日が愛おしくて、それでいて大人になっていくことが寂しいと思った。
高校に入学してから突然告白をよくされるようになった君。
色気づいた女達が君を色目で見るようになった。
今日も、これからもきっと君の横にいる女も1週間ごとにコロコロ変わるのだろう。
2年生になってから、この気持ちに気付いた。
1年生の時は、目まぐるしくて、きっと気付けなかったのだろう。
ずっとずっと彼に片思いをしていたことに、今更気づいてしまったのだ。
「よくこんな町好きでいられるな。田んぼしかない。近くにあるのは小さな書店とスーパーだけ。コンビニだけはたくさんあって、夏はカエルがうるさい」
「…自分が生まれ育ったところだからな。田んぼの道は確かに飽きるけど、小さな書店でも週刊誌置いてあるし。スーパーだってタイムセール安いし。カエルの声は夏っぽくていいじゃん」
「スーパーなんて、どこもタイムセール安いだろ」
「…そうだけど」
放課後の練習は春の間は、まだ屋外のプールは冷たくて、電車を乗り継いだ先のプールを借りている。
いつも一緒に帰る習慣は小学校の頃からずっと続いていた。
飽き性の君が泳ぐことよりもずっと続いているのはこれだけかもしれない。
「俺さあ」
「ん?」
「大学、県外にしようと思ってんだけど」
「…は?」
携帯を弄りながらそう言った君は、用事が済んだのか携帯をしまい窓の外を見た。
真っ暗になった外の景色は、ぽつぽつと光る電灯の明かりだけを映す。
つられて外を見ていると、君は窓に頭を預けた。
この景色が好きだ。
静かな夜に誘う、この景色が。
彼の頬の脇に見える、この景色が。
それなのに、君はこの景色を捨ててしまうのか。
「どうした?」
「…いや、こうして、帰ることもなくなるのかな、って思って…えっと、」
「寂しいのか」
「寂しくないのかよ」
「んー、まあ、こうして帰れなくなるのは寂しいな。お前と一緒に帰るのずっと続いたからな。彼女できてもずっと一緒に帰ってたなあ、そういえば」
「調子狂う」
急に彼の顔が見れなくなった。
この先の未来を考えると、彼が居ない。
この思いがなんなのか、名前を付けられたけれど、その名前を呼ぶには壁が大きすぎる。
それに、彼はこの町が嫌いだ。
どう考えても、この先は彼が居ない道しかないのだ。
「まあ、あと1年あるし。それに、大学いってもお前とは長続きしそうだから。そんな寂しくねえかな」
「そんなこと言って、俺のこと、すぐ忘れるだろ。お前、飽き性だし」
「は? …忘れるわけねえだろ」
「うそつけ」
鞄のキーホルダーを眺める。
水泳部で作ったキーホルダー。
彼の言葉が期待を持たせようとしているようで辛かった。
あともう少しで、電車は町につく。
「お前はきっと、俺が誘ってもこのちっちぇ町から出ないだろうから、先に言っとくけど、どんなに気の合う人間が出来たとしても、俺はお前以上に気が合うような奴は出てこねえだろうし」
「ちょっ、何がいいてぇの」
「あー…。お前、一途で鈍感だもんな」
「はあ?」
首を傾げると、彼は苦笑しながら、電車を降りる準備を始めた。
スピードが緩まった電車は大きな音が立てながらホームへ滑っていく。
先に電車を降りた彼の後ろを追いかけると、彼は2番線から1番線へ移動する階段の前で止まった。
「俺が長続きしてること、全部言ってみ」
「…部活」
「おう」
「俺と帰る、こと?」
「おう」
「…それぐらいしかねえんじゃね?」
そう言うと、彼は「だよな、お前が知らないひとつだけのこと以外は、それしか思わねえ」と呟いて、苦笑した。
意味が分からない、と首を傾げると、彼がじっとこちらを見つめてくる。
「あとひとつ、知りたいか?」
「知りたいです」
「なんで敬語だよ」
「つい」
「はは、まあ、あと1年あるしな。その1年のうちに気付きな」
額に痛みが走り、ぽかんとすると、彼はくしゃりと笑って先に階段を登り始めた。
少し登った先で早く来ないと置いていくぞ、と彼はもう一度笑った。
「お前がこの町を好きになってくれればな」
そう呟くと、彼はねーよと言って、俺の肩をに腕を回した。
この町で end
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