生徒会室で

ホスト教師←生徒会長

誰もいない生徒会室。
藍色に染まる空を背に、白いタワーが並ぶ机と向き合っていた。
どうしてこうなってしまったのか、わからなくなるほどの多忙さに、生徒会長である立花八代は目の前がくるくると回るような感覚を味わう。
割と頭の回転が速い八代は、あたふたする経験をしたことがない。
ぽつんとひとり、誰もいない生徒会室で八代は、初めての「手が回らなくなる」という状態に、頭を抱えていた。


「なんでこんなことになったんだろ。おかしいだろ、おかしいだろ、俺しかここに居ないってことがまずおかしい。なんでここに俺しかいなくなったんだ? ああ、それすら思い出せねーぞ、どうした俺、どうしたんだ、俺、今何すればいいんだ、この山からどうやってけばいいんだよ、おかしいだろ、おかしいだろ、おかしい、こうなるとは思ってなかった、おかしいおかしいおかしい!」

ぶつぶつと机に額を当て呟いていると、空いた窓から吹いた風に白いタワーが崩れ、八代の頭に舞い散る。
白い用紙に埋もれた八代は、目頭が熱くなるのを感じた。
せめても、ここに大好きな人が居れば、少しは気持ちが楽なのに。
心の中でそう思いながらも、止まらない文句を口から零すのをやめられない。


「誰でもいいから俺を助けろ。こんなにも尽くしてきたじゃねーか。くっそー、髪も黒く戻すし、腰パンもやめるし、ネクタイもちゃんとつけるし、ボタンもきっちりするし、靴も新品にして履きつぶしなんてしないから、だれか俺を助けろ。てか、あいつが来ればいいのに。」

口からとめどなく溢れる言葉に八代は、うめき声をあげた。
誰もいない生徒会室、返事など来るはずもない。
畜生、と歯を食いしばりながら呟いた時、ノックの音が聞こえてきた。


「立花ー、俺のとこにくるしょる…、おいっ、大丈夫か!?」

焦る足音が近づいてきて、ズビズビと鼻をすする。
あまりの辛さにこの白い山から抜け出す気力もない。
声の主が誰かも理解できない。
そばに来た主が白い山をぺっぺと手で払っていることだけはわかった。


「立花、大丈夫か」

「大丈夫に見えるかよ、このクソ教師。てめーなんかホストでナンバーワンになっちまえ。ナンバーワンになってモテモテになっちまえ」

「あのなぁ、この髪もこの顔も自前なんだよ。いくらホストに見えるからってそういういい方するなよ。俺は女の子を可愛がるより、可愛い生徒たちを可愛がって立派にしたいんだよ」

ぽんぽんと頭を撫でてくる大きな手のひら。
背も高く、程よく筋肉のついた八代の頭を子どものように撫でるその手が優しくて、八代はもう一度鼻をすすった。
この温かい手が大好きな八代。
なんのご褒美だろうか、と思いながら、八代は目を瞑った。


「くっそー、いい教師め。もっと撫でろし」

「はいはい。立花は頑張り屋さんだからな。俺がほめて差し上げよう」

「ご褒美か」

「ご褒美だぞ。…他の役員が仕事してなくても一人で頑張ってるお前だけのご褒美」

「死にたい」

耳を真っ赤にしながらも撫でられている八代に、頭を撫でている教師は苦笑した。
自分では手助けしかできない歯がゆさを感じながら、八代が少しでも元気になれるように頭を撫でる。
八代はきゅっと拳を握り、大きな手のひらの感覚を味わった。
これがあればあと一日は頑張れるな、と思う。


「このご褒美の効果は一日しか持たない。明日は接吻を所望する」

「お前なぁ、いくらご褒美でもお前、それは無理だ」

「なんで? 俺、キッス上手い、多分、きっと」

「多分、きっとってなんだよ」

「したことないからわからん」

「お前なぁ」

ぺん、と頭を叩かれて、八代はしゅんとする。
波に乗れてキスもついでにできたらよかったのに、と落ち込みながら頭をあげる。
この白いタワーだった書類をどうにかしなければ、この教師に甘やかしてもらうことなどできない。
しぶしぶ立ち上がって、落ちていた書類を集め始めた。
すると、教師も腰を下ろして、一緒に書類を拾う。


「なあ、ホスト」

「あ? ホストって言うなよ。怒るぞ」

「せんせー」

「いい子だ」

「名前で呼んで」

小さな声でそう呟くと、教師は優しく微笑んだ。
それからおう、と返事をすると、八代の頭を優しく撫でながら名前を呼んでくれる。
その耳あたりの良さから気持ちが落ち着いてきて、今なら何でもできそうな気がしてきた。


「もっと」

「八代」

「もっかい」

「八代ー」

「フルネームで」

「立花八代」

「怒ってる時みたいに」

「八代!!」

「俺を押し倒して蹂躙しようとするみたいに」

「お前、俺に何求めてるの」

そう呆れたように呟くと、教師は最後に優しく名前を呼んでくれた。
耳が赤い八代に小さく笑い、俺も手伝うから、頑張ろうな、と囁く。
その声があまりにも優しいから、八代はこくりと頷いて、おとなしく書類を集めた。


「俺、先生に告白されるなら生徒会室がいいな」

「は?」

「先生、俺に告白するときは、生徒会室で」

生徒会室で end
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