いつか見た、きらめき-2-

目を覚ますと、腕の中にいるはずの小春はいなくなっていた。
いついなくなってしまうか…いつ、死んでしまうかわからない小春をひとりにできない。
小春が行きそうな場所、小春が好きだった場所を必死に思い出して、ひとつの場所を思い出す。
初めて一緒に行ったとき、珍しくきらきらと瞳を光らせて、いつも死ぬ前に見せる満面の笑みよりももっと綺麗な笑みを見せた場所。

疲れから起こっているのだろう頭痛も気にせずに、雪は家を飛び出した。
まだ日も昇っていない、青と白と黒が混じったような空の下、走る。
家から走ってすぐ。
日が昇ろうと少し頭を出した海に、雪は走った。


「こはるっ、こは…! 小春…!」

走って、走って、走って走って走って。
海にゆっくりと歩いていく小春を呼ぶ。
今度は、屋上の時のように小春は止まらない。
制服が海水に濡れて、重たくなることも気にせずに、雪は海の中を走った。


「小春…っ」

もう腰よりも少し上まで海の中に入っていて、早く小春に追いつきたくて小春を何度も呼んだ。
そうして追いついた背中がやけに小さく見えて、小春を後ろから抱きしめた。
勢い余ってふたりで倒れて、海の中に落ちる。
沈んでいく感覚に雪は小春を抱きしめ、必死に身体を起こそうと足掻いた。


「っかはっ、…げほっ、げほっ」

やっとの思いで立ち上がり、小春を引きずるようにしながら浅いところまで向かう。
小春を引き寄せたままそこに倒れ、小春を強く抱きつぶすくらいに強く、抱きしめる。
濡れた黒髪から見える瞳はひどく怯えていて、また生きていることに絶望を抱いているような…、見ていて悲しくなるくらいの暗い色をともしていた。


「小春、…っ、きいて、くれ」

「けほっ、けほっ」

小さく咳をする背中を撫でながら、言葉を紡ぐ。


「小春、好きだ、好きなんだよ、俺、お前のことが…。俺が、生きる理由になるから、…だから、だから、死ぬなよ、生きろよ…、生きてくれよ…!」

小春から身体を離して、冷たくなった頬を両手で挟む。
濡れた前髪が束になっていて、まっすぐに視線が絡み合った。
雪の瞳からは、ボロボロと涙がこぼれていた。


「…好き? 雪は、俺に生きていて、ほしいの?」

「生きていて、ほしいんだ。…小春、小春は俺の居場所だろ?」

「雪の、居場所?」

「ああ。…俺も、小春の居場所だ」

額を合わせて、お互いの体温を感じる。
いつもよりも低くなっている体温は、小春の気持ちをざわりと揺らした。
雪が目をつぶっている。
まるで、死んでしまったかのように、息も止めている。
急に怖くなってきて、小春の瞳から涙がこぼれた。


「雪…、死なないでっ」

「小春、俺は生きているよ」

「雪、雪…、僕の居場所…」

「あぁ、そうだよ、小春」

小春の唇に、そっと自分の唇を摺り寄せる。
柔らかな感触と塩っぽい味が薄く開いた唇から感じられた。
唇を離して、もう一度、今度は重ねあう。
小春も答えるように唇を重ねてきて、雪は小春をきつく抱きしめた。


「雪が、僕を捨てるとき、その時が僕の死ぬときになるよ」

唇を離すと、そう呟いた小春に頷く。
小春の瞳は、真っ暗じゃなくなっていた。
どこかきらきらとしていて、いつか海を見に来た時のような感覚に陥る。


「じゃあ、小春が俺を必要としなくなったとき…、俺が死ぬときだな」

そう呟き返して、小春の唇を奪った。

end
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