いつか見た、きらめき
一途×死にたがり・同級生
居場所がない。
居場所がない。
どこにも居ていい場所がない。
こっちを向いても、あっちを向いても、居場所なんて、見つからないのだ。
小春は誰もいない夕暮れの屋上で空を仰いでいた。
屋上の扉は鍵が壊されていて、誰でも入ることができる。
壊したのは小春ではないけれど、屋上にいるのはいつも小春だけだった。
フェンスをよじ登り、屋上の端に立つ。
風がびゅうびゅうと吹いて、小春の長めの前髪が揺れた。
「よし、死のう。今ならいける」
ぱっとフェンスを掴んでいた手を放す。
飛び降りよう。
そう決意した瞬間、小春は満面の笑みを浮かべた。
バタンと大きな音が聞こえ、動きが止まる。
小春っと切羽詰った声が聞こえてきて、踏み出そうとしていた足が元の位置に戻った。
フェンス越しに抱きしめられて、背中にあたる鉄が痛い。
「小春、戻ってこい。…な? こっち来い」
「…今なら、いけそうだったのに」
先ほどの満面の笑みはもうない。
あるのは、絶望を浮かべた悲しい顔だけだった。
手を離さないようにして、小春にフェンスをよじ登らせる。
絶対に落ちないように、片足がフェンスを越したときに強く引っ張った。
小春と一緒にコンクリートの上に倒れる。
ぎゅうぎゅうに抱きしめてから、小春が無事か確かめるために身体を離した。
「小春…、小春」
「…雪、邪魔しないでよ」
「小春」
「いっつも、雪の所為で死ねない」
不意に、夏なのに捲られていないYシャツに目が行く。
両方の袖口が真っ赤に染まっていた。
それを見た瞬間、雪の頬に冷たいものが伝う。
ポタポタと落ちてきて、小春の手の甲に落ちた。
「小春」
雪は何度も小春、と呼びながら痛いくらいに小春を抱きしめた。
そんな雪の涙に、小春の瞳から雫が零れる。
「帰ろう」
雪の震えた声に頷いて、立ち上がる。
背中を向けた雪に促され、その広い背中に身体を預けた。
雪の家は開業医で、看護師の母親と医者の父親が、血だらけで入ってきた小春と雪に駆け寄ってきた。
すぐに輸血の手続きをとって、手首も手当する。
黙ったままの雪は、ずっと小春の傍にいた。
怒ったような表情をしている雪の両親から目をそむけた。
「はるちゃん、駄目よ…。掻き毟ったら、絶対に駄目だからね。おばさん、怒るからね」
手当も輸血も終え、雪の部屋に連れていかれる。
漫画の入った本棚やテレビを眺めながら、頷くと暖かな手が頬を挟んだ。
雪の母親は怒ったように目を吊り上げながら泣いている。
「はるちゃん、わかった? 約束よ」
「…うん」
こくりと頷くと、雪の母親は小春の頭を撫でて部屋を出ていく。
ベッドに横になるように促されて寝転がった。
すぐに雪も隣に寝転がってきて、タオルケットをおなかにかけられる。
エアコンが効いていて、とても心地が良い。
「雪」
「なに、小春」
「雪は、どうして…僕を助けるの」
「…俺たち、幼馴染だろ…。助けて当たり前だ。…小春、こっち来い」
フェンスの向こう側にいた時と同じように呼ばれ、小春は素直に従う。
雪の胸に頭を押し付けられて苦しくなった。
それでも雪に抱きしめられるのは心地よくて、ウトウトとしてしまう。
「小春…、お休み」
雪の優しい声に、久しぶりに心が落ち着いた気がして、すとんと眠りに落ちていった。
眠りについた小春から少し身体を離す。
すやすやと眠る顔は、いつもよりも子どもらしい。
小春の長い前髪を撫でて、白く綺麗な額を曝け出す。
「俺のために…、生きてくれよ」
小さな声でそっと呟いて、小春の額に唇を寄せた。
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