奪われちゃった
中学生×社会人
太陽の光が中庭から入ってくる昼間の図書館。
本の整理をしていたら、うんと背を伸ばして、一番上にある本に手を伸ばしている子を見つけた。
「これでいいかな?」
一番上にあった本を取って、自分より低い位置の頭を見る。
くるりと振り返った黒髪の子は、俺を見るなりにキッと目をつり上げた。
「…ありがとうございマス」
「どういたしまして」
不機嫌そうな顔に思わず笑ってしまう。
彼の頭をぽん、と撫でて、俺は仕事に戻るため背の低めの本棚に置いた本を持ち上げた。
奪われちゃった
「返却で」
トン、と置かれた数冊の本を見て、顔をあげた。
この間の小さな彼だ。
今日は学校帰りなのか、学ランを身にまとっている。
少しだけ長めの髪を耳にかけ、彼のおいた本の中にしまってあるカードを取りだした。
神埼奏。
とても綺麗な名前。
彼をそっと見上げると、彼はカウンターの傍の窓を眺めていた。
「ありがとうございました」
カードの返却の部分に判子を押す。
それから、本を返却の棚に入れて、彼のもとに戻った。
「…どうしました?」
立ち去るわけでもなく、立っている彼を見つめる。
彼は俺を見て、軽く笑った。
「名前、なんていうの」
「名前? 俺のかな?」
そう聞き返すと、彼はこくりと頷いた。
まっすぐに見つめてくる瞳にドキリとする。
「茅ヶ崎八生、君は…」
「神埼、奏」
カードで知っていたけれど、彼本人から名前を聞く。
綺麗な名前と、こどもとおとなの中間の声が耳に心地よい。
「…俺、アンタのことが好きなんだ」
神埼君の手が伸びてきて、きゅっと手を握られた。
顔が近づいてきて、唇が触れる。
「え…?」
柔らかな唇。
目を開くと、彼が俺を見て年相応の笑みを浮かべた。
「…また来るから」
トン、と肩を押されて、椅子に座りこんだ。
嬉しそうに笑った彼の顔が頭から離れない。
「ええ…?」
奪われた唇に手を当てる。
少し早く動いている心臓に、首をかしげた。
奪われちゃった end
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