哀し悲しと泣く小鳥
浮気×強がり、失恋
哀し悲しと泣く小鳥。
身も心も傷ついて、いつしかさえずることをやめてしまった、哀しい悲しい小鳥。
「誰か、忘れ方を教えてください」
哀しい悲しい。
夕闇に染まる街中をゆっくりと歩く。
隣にいた恋人はもういない。
恋人ではなかったのかもしれない。
自分が、浮気相手だったのだ。
恐らく。
「小鳥? あ、小鳥!」
「あっ…、ぐ、偶然だね!」
「うん。小鳥、元気にしてた? 大樹が気にしてたよ」
「そう、なんだ。あ、俺、急いで…」
「そう言えばね!」
逃げ道を逃してしまった。
こうなった彼はもう止まらない。
永遠と、彼との甘い日々を話す。
俺が、彼の恋人の浮気相手だったことを知らずに。
「でね…! あ、そうだ。そこの店入らない?」
「いや…、俺、忙しいからさ」
「そんなこと言わないでさ、ほら」
引っ張られる手首が少し痛くて、顔をしかめる。
彼は少し行動が荒い。
昔、何度も彼に傷つけられた。
思い出してももう靄がかかるような記憶。
そんな嫌な記憶ばかりが、俺の学生時代。
「今、大樹に連絡するよ」
「…あ、…うん」
「…もしもし? 大樹? いまねー、小鳥とあったんだ! 早く来てよ」
楽しそうな彼の声。
徐々に息苦しくなってきて、無愛想な店員が持ってきた水を煽った。
彼が来たとしたら、どんな顔をすればいいのだろうか。
どんな顔をしたら、俺が気にしてないと思われるのだろうか。
誰か、誰か教えてくれ。
「…どうかなさいましたか?」
荒い呼吸の中、耳にすっと通る声が聞こえた。
机に突っ伏そうとしたところで、ゆっくりと顔を上げる。
無愛想な顔が目に入って、視界が歪むのを感じた。
動かした手が飲みほした水を倒して、氷がからんと音を立てる。
「教えてくれ、教えてくれよ…」
電話をかけている彼は俺がコップを倒したことに気付き、こちらを向いた。
無愛想な店員が、俺を抱えあげる。
慌てるような彼から目をそらして、そっと瞼を下ろした。
もう、逃げてもいいだろうか。
俺は見栄っ張りなんだ。
傷ついてるなんて、気付かれたくない。
それなら、いっそ、逃げ出してもいいだろうか。
「悲しいんだ。…哀しかったんだ、俺は…」
俺の漏らした言葉だけが、彼の耳に届いたようだった。
end
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