子猫はいかが?
小学生の(というよりも、小学生だろう)少年を拾った。
ふわふわの黒髪の、目のぱっちりとした愛らしい顔立ちの。
どうやら、身寄りがないらしい。
子猫はいかが?
どうしようもない、しがないサラリーマン。
よれっとしたスーツを着て、居酒屋で同僚と愚痴愚痴しているような。
そんな俺は今日もいつもどおりよれっとしたスーツを着て、居酒屋で最近結婚したばかりの同僚の悪口を独身の同僚と延々と話していた。
居酒屋を出て、明日も仕事だし今日は帰って寝るかぁ、と息をついたところで、俺はいつもと違うことに気がついた。
いや、帰り道はいつもと変わらない。
ほろ酔い気分もいつもと同じだ。
違うのは、空地にある段ボールだ。
段ボールは子供が一人入れるくらいのサイズ。
まさか、死体でも…とか物騒なことでも考えてみる。
「んー、なんだあ?」
酒臭い息を吐き出しつつも、段ボールに近づく。
“拾ってください”
大型犬? いや、犬臭くないし…
「みゃぁ…みゃぁ」
「子猫かぁ?」
段ボールが大きく揺れる。
蓋を開けて、中を覗きこむと…。
「うわっ…子ども…?」
子どもがいた。
よれっとしたトレーナーだけを着ている、子どもだ。
俺が仰け反って固まっていると、その子供はすくっと立ち上がる。
それから俺を見て、まんまるの瞳をうるうると潤ませた。
「おにいさん、拾って…?」
ということで、冒頭に遡る。
暗闇を、その小学生を抱きかかえてボロアパートまで走った。
酔いもさめ、むしろ意識ははっきりとしている。
三十手前になって、運動量も減ったせいか、久し振りの全力疾走はきつかった…。
「…連れてきちまったがどうしようか」
「おなかが減ったんだけど」
「ん? なにも食ってないのか?」
「二日ほど」
「二日!? それは…。って、うん? …っ! お前…っ」
「なあに?」
黒髪がふわりと揺れて、琥珀色の瞳が三日月に歪む。
その黒髪の上には…
「猫、耳…だと!?」
「ん? 今更ぁ? …お兄さん、鈍感っていうか、鈍いんだね」
「…いや、俺は普通だ」
「まぁ、気にしないで。言っとくけど、これつけ耳じゃないから」
「ほんとだ。動いてる…すげー」
指先でその髪の毛と同じ色のふわふわの耳を摘まむ。
「ァンっ」
「…なんだ? 今の」
「や、めてよねっ! 敏感なんだからっ」
「…猫みてえ」
「猫なの!! …それより、おなか減ったんだってば」
「あ、おお」
もぉ、と、頬を染めて、耳を押さえる少年。
背中から見えるしっぽがぴんっとまっすぐに伸びていた。
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