小さなお姫様
236632hit やまさん様
黒薔薇の庭で
自分のベッドですうすうと眠る紅色の頬を持つ愛おしい弟。
きゅっとその手に握られた自分の親指に、思わず苦笑せずにはいられなかった。
小さなお姫様
大好きな母にそっくりな末っ子。
長男からも父から、また次男である夜明からもとても愛されて育った。
母に似ておっとりとしていて、それでいて父のように好奇心が旺盛。
成長していくうちに、だんだんと美しくなった末っ子を夜明は、兄弟として見れなくなっていた。
「夕焼、起きろ」
「ん…」
「夕焼っ、今日は薬の勉強するって約束しただろっ」
「んん〜…っ、にいさま、やだ…」
ゆさゆさと肩をゆすっても起きない夕焼にため息をつく。
こんな寝汚いところは誰に似たのだろうか。
そう思いながら、夕焼の頬を抓った。
「いたいーっ」
「お前が起きないのが悪い」
「あっ」
「早く支度しな」
「ごめんなさい、兄様」
いいから、早く。
そう伝えながら、おはようのキスを頬に落とす。
いそいそとベッドから降りた末っ子に、夜明は軽く笑った。
夜明もベッドから降りて、自室へと戻って行った夕焼の後を追う。
「日夜兄様おはようっ」
ぴょんっと長男に抱き付いた夕焼が目に入って、少し複雑な気分になる。
兄には婚約者がいるが、それでも嫉妬を覚えずにはいられない。
すぐに夕焼の襟首をつかみ、兄から引き離した。
少しだけ不機嫌そうな顔をした兄を睨み付ける。
「夜明、挨拶」
「はよ…」
「おはよう。父上と母上にも挨拶をしてきなさい、ふたりとも」
「はいっ。夜明兄様っ、待ってて。着替えてくるから…!」
「あぁ」
軽やかに走っていた末っ子の背中を見送り、兄を一瞥する。
兄もこちらをちらりと見やり、ため息をついた。
「実の兄にまで嫉妬するな。心が狭い」
「父さんに似たんだよ」
「短所が似るとは…。夕焼はお前だけのものじゃない」
「知ってるっつの」
けっと悪態をついて壁に背を預ける。
兄は軽く笑いながら、食堂へ向かっていった。
食堂には兄の婚約者と両親がいるのだろう。
夜明は大きなため息をつき、のんびりとした末っ子を待った。
「兄様、ごめんなさい」
「気にするな。昨日早めに寝かせなかった俺も悪い」
「…兄様、子ども扱いやめて」
「起きるのがやだとぐずるのは子どもじゃないのか?」
笑いながらそう尋ねると、ぷくりと頬が膨らんだ。
その頬を突いてから手を差し出すと、むう、と唸りながらもつないできた。
ゆらゆらとその手を揺らしながら、ふたりは食堂へ向かう。
「兄様、お勉強終わったらね、兄様と一緒にお出かけしたい」
「あぁ。今日は休みだから」
「うれしい…!」
食堂に入ると、父と母、兄夫婦とフミネとロウが席についていた。
挨拶を済まして腰を下ろすと、父が頂きます、と声をあげる。
それに合わせて合掌し、食事を始めた。
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