知恵熱
保健室に入ると、保健医が驚いたように目を見開いた。
春野汰絽は、と問いかけ、指さされたところへ歩く。
カーテンを開いて中に入ると、汰絽は小さな寝息を立てていた。
「春野君、そういえば、汰絽君のお兄さんになったんだよね?」
「あ? あぁ」
「今日はもう無理そうだから、連れて帰ってくれないかな」
「…わかった。早退届は?」
「もう書いてあるよ。私が出しておきます。春野君の分もね」
保健医の言葉を聞いて、風太は汰絽を抱き上げた。
それから鞄を手に取り、保健室を後にする。
マンションに帰ると、風太は汰絽を自室のベッドに下ろした。
布団をかけ、熱冷ましシートを額にあてる。
「ん…」
「たろ…」
「ふうたさん…?」
「ああ、大丈夫か?」
こくりと頷く汰絽に、風太はベッドに腰を下ろした。
それから額に張り付いた髪をずらす。
「急に熱なんか出してどうした。今朝は元気だったよな」
「わかんないです、ちょっとくらってきて。…知恵熱かも」
「知恵熱? …何考えてたんだよ」
汰絽の言葉に思わず笑ってしまう。
風太の笑い声に、汰絽は寝返りを打った。
それから、ベッドについた風太の大きな手を取る。
「ひんやりしてる」
「さっきまで冷蔵庫に突っ込んでたからな。どうだ?」
もう片方の手を汰絽の頬にあてる。
ひんやりとした感覚に、汰絽はほっと息をついた。
「風太さん、朝のこと覚えてないんですか…」
うとうととしながら、汰絽が問いかけてくる。
全く覚えがないことを聞かれ、風太はああ、と小さく答えた。
「風太さん、どうして…、キスなんて…」
小さな汰絽の声に、風太はは、と声を漏らした。
「キス? たろ、キスって…」
汰絽の残した言葉に、風太は口元を押さえた。
朝、汰絽に腹を殴られたことを思い出した。
その前に、自分は汰絽に何かやらかしたのだろう。
たぶん、寝ぼけながらキスでもしたとか。
意識のないときにしてしまった行いに、風太は頭を抱え、項垂れた。
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