百獣の王

「たろの様子がおかしい」

屋上で寝転がりながらタバコを吸っていたところ、急に風太が真剣な声で呟いた。
四六日中汰絽ちゃんのこと考えてるんだねー。
なんていった暁には、目の前が真っ暗になるだろう。
杏は風太の呟きに返事をせずにタバコをコンクリートに押しつける。


「聞いてるのか」

「…俺に言ってたのー?」

「お前のほかにここに誰がいるんだろうな」

「俺しかいないねー」

鋭い視線で見られ、杏は苦笑する。
あのふわふわとした後輩に出会ってから、風太は変わった。
それはもちろん良い風にだけれども。
けれど、それを少し寂しく思う。
あのときの、荒んだ風太は、誰よりも雄々しく力強かった。
まるで、百獣の王のように。


「杏、聞いてんのかっつってんだよ」

「聞いてる聞いてる。汰絽ちゃんがおかしいんだろ。風邪でも引いたんじゃないの?」

「たろがかあ?」

「前貧血起こしたでしょ。あんまほっとかないほうがいいんじゃないかなー」

「…っていうか、そういうおかしいじゃねえんだよ」

反動をつけて起き上がった風太はフェンスに背中を預ける。
なんか、違うんだよな…としんみりと呟いた。
杏も同じようにフェンスに背中を預ける。
携帯を開くと、好野から連絡が入っていた。


「あー…タイムリーだねえ」

「あ?」

「汰絽ちゃんが熱出して倒れたって」

「…保健室か」

「うん。いってらー」

すぐに立ち上がり階段へ向かっていく風太の背中を眺める。
どこかその背中がうらやましく見えた。


「ライオンがまるで猫のようだなぁ…」

そう呟いて真っ青な空を見上げた。
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