よし君と杏先輩

「ねー、玄関行くの?」

突然上がった楽しそうな声。
好野は汰絽の通学用のショルダーバックをかけ、自分の鞄を抱きしめてこの場を去ろうとしていたところ。
それはにっこりと笑った杏に止められてしまった。
あんず、という可愛い名前に対し、この美形で男前の顔。
親になにか文句言いたいのか、と言いたくなるほどの男前さに、好野は少し苛立った。
むろん、チキンな好野はそれを表情に出せない。
けれど、素直な性格のせいか、若干にじみ出ていた。


「汰絽と帰るんです」

「そう。じゃあ、きっとはるのんも、玄関来るよね。なら俺も玄関行こーっと」

「はあ…そうですか」

「ね、よし君。一緒させてもらうねー」

「は、は、はは、どうぞー…」

と言う具合に、好野は丸めこまれる。
それから何故かフツメンとイケメンは一緒に玄関に向かうことになった。
恐怖心はもはや、麻痺してきたのか、好野はがっくりとうなだれた。
うなだれたところでどうしようもない。
と、切り替えた好野は、風太に連れて行かれた汰絽を心配に思い、ちらりと杏を見やる。
杏はそんな好野に気がついたのか、笑みを浮かべた。


「心配しなくて大丈夫だよ。はるのんは汰絽ちゃんのことを傷つけない。信じてやって」

「…、じゃあどうして汰絽を?」

「ん? さあね。詳しくはわからないけど。朝さー今日は屋上で寝る。とか言いだして、そんで俺も学校来たわけよ」

「はあ」

「でさ、屋上で待ってたら急にね、探したいやつがいる。今日は放課後までいるとか言いだしてさぁ」

「それが汰絽だったわけですか」

「うん、そうみたいだね」

「へえ」

いつの間にか普通に会話していて、好野は首をかしげた。
あれ?さっきまで何でおびえてたんだろ。と脳内で考えるが、まったく思いつかない。
そんな風に考えていたら、隣で杏が笑った。
笑い声に首をかしげつつ、杏のほうを向くと、杏の笑いがゲラゲラと大きなものに変わった。

「ははは、よし君って頭悪いでしょ。馬鹿でしょ、うましか」

「…うましか?」

杏に馬鹿にされながらも玄関へ向かう足を速める。
うましか?
うましかって…ああ、馬鹿か。
と、ようやく気付いた好野は、隣を歩いている杏の方へ意識を傾ける。
愉快な人だな、と杏の性格を理解した。
それから、杏の歩き方や表情、仕草を眺める。
杏は好野の意識を感じたのか、穏やかに問いかけ来た。


「汰絽ちゃんは俺達のこと知らなかったみたいだけど、よし君は俺達のこと知ってるよね」

「まあ、でも今話しててそんな…」

「怖くなくなった?」

「そんな感じです。なんだか、噂で聞いてたのと違って」

「噂ねー。嘘も交じってるしね」

「馬鹿みたいだったな…噂なんか信じて。汰絽を変な風におびえさせたかも…」

「汰絽ちゃんに教えたんだ?」

「はい。汰絽が急に春野先輩のこと聞いてきたから」

「そう」

突然、好野が止まり、杏の方へ視線を向けた。
それから、きッと眉間にしわを寄せ、真剣な声を出す。


「俺は汰絽がなにより大事です。汰絽を傷つけたら、俺は先輩方だろうと許しません。刺しに行きますよ、ぐさりと」

「刺す? 急だね」

「包丁で」

「刺すって…なんだか家庭的だねえ。…あ、そうだ、君、さっきむくちゃん、とか言ってたね」

「覚えてたんですか」

「まあね、っでむくちゃんって誰?」

「汰絽の…俺が言うのは、ちょっと。ややこしいので」

「ふうん」

そうこう話しているうちに玄関についた。
杏は靴を取りに行き、好野は下駄箱に寄り掛かかる。
誰も居ない玄関、静まりかえっていた。
その静寂に耳を澄ましていると、口笛が聞こえてくる。
聞き覚えのある曲で、好野は頭の中で、愛おしい彼女を思い浮かべた。


「あ、みらくる☆はあとまじっくのファーストシーズンOP」

「え? なに? よしくん知ってるの?」

「…せんぱいこそ」

「え、よし君ってひょっとして隠れオタク!?」

「…せ、せんぱいこそ…まさか、みらはオタク!?」

「よ、よし君こそ!!」

二人がお互いに指さしながら、叫んでいると、丁度汰絽と風太が戻ってきた。
驚愕の一言で表されるような二人の表情に、帰ってきた二人の顔が変なものを見る目つきになっている。
何してんだ、と風太の声に、指が下され沈黙が訪れた。
それから二人はやたらと輝いた目で戻ってきた2人を見た。


「はるのん、俺初めて同志様を見つけたよ」

「…たろ、俺も…」

と、二人の意気投合を聞き、戻ってきた二人は首をかしげるだけだった。
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