愛しい人達へ

「きっと、汰絽の母さん達は、いい人だったんだな」

「…え?」

疲れて眠ったむくを背負った風太が呟く。
隣を歩いていた汰絽は、顔をあげた。


「…たろが強く育ったのは、お前の両親が素晴らしい人だったからだ」

「そうですね。母も、父も…、とてもいい人たちでした。誰からも愛されて、誰からも頼られて…」

「ああ。だから、こんなに、可愛い孫にも恵まれたんだよ」

やさしい表情の風太に、汰絽は頷く。
亡き母や父の思い出にはせるときは、だいたいが、そばにだれかがいた。
それは近所の人だったり、友人だったりして。
あの2人のもとで育って、姉に子供ができて、その子供がこんなにもいとおしい子になるなんて、思ってもいなかった。


「…僕は、ずっと寂しかったんです」

「寂しかった?」

「はい。むくがいても、ずっと、寂しくて、寂しくて、それでも、むくには僕しかいないから」

「…ああ」

「でも、今は、寂しくないです。風太さんがいるから」

いつの間にか、暗かった空が明るくなっていた。
まるで、汰絽達の心を移すように。
もう、寂しくないよ。
汰絽がむくにそう囁くのが聞こえた。


「…むくが起きたら、水族館でも行くか。まだ昼前だしなー」

「いいですね。水族館。僕、お魚好きです」

「食べるのが?」

「…見るのも、食べるのも」

赤くなった頬に、思わず笑う。
風太は不意に、汰絽を抱きしめたくなった。
ぎゅうぎゅうに抱きしめて、好きだ、と叫びたいような。



「…風太さん?」

汰絽に呼ばれ、自分が足を止めたことに気付いた。
すぐに歩みを再開して、汰絽の隣を歩く。


「たろ。俺はお前となら夫婦になりたい」

「は?」

「…冗談だ。ま、むくにとっちゃお前が母親で俺が父親みたいなもんか」

「…まあ、そうですね」

少し不服そうだけれど、うれしそうに見える汰絽に、風太は思わず笑った。


「あ、今度母と父と姉達にあいさつしに行きますか?」

「お。いいね、それ。3人で行くか」

「そうしましょう」

冗談を言い、2人は雨上がりの下をゆっくりと歩いた。


こころ end
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