さみしくないよ、大丈夫。

電車から降りて、風太に手をひかれ、2人は歩く。
降りた先は、少し山中だった。
両親と姉夫婦は、山中でトラックと接触してなくなった。
大きな交通事故だったにも関わらず、むくは無事に帰ってきたし、両親も姉夫婦の体も多少の傷はあったが、綺麗なものだった。
不意に、霊安室の光景を思い出す。
汰絽の足が止まったことに気付き、風太とむくも止まった。


「汰絽、」

手が震えている。
むくもそのことに気付いたのか、握った手に力が入ってきた。
小さな手はやさしく汰絽の手を温かくする。


「…たぁちゃん」

不安そうなむくの声に、汰絽はうん、と返事した。
それから、ごめんなさい、と一言告げ、歩みを再開する。
歩いて行くと、事故防止の看板がいくつも建っている。
木々がざわざわとゆれる音を聞いて、瞬きした。


「あのね、むく」

「なあに」

「たぁのママとパパと、むくのママとパパはね。おっきなトラックとぶつかったの」

ゆっくりと歩くなか、汰絽が小さな声で話す。
大好きな母と父。
大好きな姉夫婦が亡くなったあの事故のことを。
交通安全のお勉強したでしょ、トラックと車がぶつかるとどうなるかわかるかな、と問いかける。
うん、と少し沈んだ声が聞こえてきて、汰絽は目頭が熱くなるのを感じた。


「…むくのママとパパは、小さな小さなむくの命を、自分の命をかけて、守ったの」

「…ママとパパが…? …、むくの、せい?」

「違う。むくのせいじゃないよ」

「でも、」

「ママとパパが、大好きなむくを、守るために。むくがちゃんと大きくなれるように、」

ぽたぽたと、雨が降り始める。
汰絽の頬に雨が当たり、目元から雫が零れた。
もう少しで、事故現場に着く。



駆け足で、ついた先は、大きな木がなっていた。
桜の木だろう。
雨を防いでくれて、3人は身を寄せた。
汰絽は鞄からタオルを取り出して、むくを拭く。
ちょうど、両親たちの事故があった場所だった。


「…写真で見たより、ずっと…」

汰絽の呟きを聞いて、風太は目を閉じる。
そっと握られたむくの小さな手に、汰絽はごめんね、と呟いた。


「むく、たぁは、むくがここにいてくれてよかった。お姉ちゃん達が必死に守った、命」

「…たぁちゃん、むく、むくね、」

「うん?」

「むくは、ママとパパがいなくても、さみしくないよ、大丈夫だよ」

むくが言った強がりに、汰絽が涙をこぼす。
さみしくないよ、大丈夫。
それは、両親と姉を失ったとき、汰絽がむくを抱きしめたときに呟いた言葉。
さみしくないよ、大丈夫。僕は、大丈夫だよ。


「たぁちゃん、ずっとそばにいて」

「うん。そばにいるよ」

「ふうたも、むくの家族?」

「ああ、そうだ。俺は、むくとたろの家族だよ」

ぎゅっと汰絽がむくを抱きしめる。
大丈夫だよ、そう囁きながら。
むくを抱きしめた汰絽ごと、風太抱きしめた。
温かな体温に、ほっと息をつく。


「大丈夫、俺がちゃんと守るから」

風太の言葉に、こくりと2人が頷くのが感じられた。
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