むく
汰絽とむくのプチ誘拐から早1か月。
ようやく西やイーストナイトとの騒動も収まり平穏な日々に戻った。
時々、むくの幼稚園に東条が出没したりしなかったり…。
汰絽も毎日むくの送り迎えをし、風太も一緒に迎えに行けるようになった。
変化があったのは、風太と汰絽の間を時々訪れる奇妙な沈黙。
少し気恥ずかしいような、それでいて、心地よいもの。
むくの迎えに行く、今、その沈黙が訪れていた。
「…あの、寒い、ですね」
「ん? あ、あぁ。寒いな。…風邪ひくなよ?」
「大丈夫です。風太さんこそ、風邪ひかないでくださいね」
そんな会話をポツリポツリとして、また沈黙。
風太もその沈黙を感じているのか、少し動きがぎこちない。
そのぎこちなさが伝染して、汰絽も少し動きが鈍くなって、落ちていた石に躓いた。
「うおっ、あぶねえ」
「っ!!」
前に倒れかけた汰絽をさっと風太が抱えた。
「おい、大丈夫か?」
「…、び、びっくりした」
「だろうな」
「あ、も、もう大丈夫です…っ」
顔を真っ赤にした汰絽がばっと風太から離れる。
そんな汰絽の表情に、風太ははっとする。
期待してもいいのだろうか。
ふとそんな思いが胸をよぎった。
「…あ、汰絽君」
「たぁちゃん、」
幼稚園の前でそんなやりとりをしていたところ。
幼稚園の先生が声をかけてきた。
先生の手にはむくの小さな手を握っている。
「たぁちゃんっ」
「むく?」
向いあっていた風太と汰絽の元へむくが駆け寄って来る。
きゅっと汰絽に抱きついたむくは、ぐりぐりと頭を押し付けてきた。
「どうしたの?」
「う、ぅう」
しゃがんでむくと同じ目線に腰を下ろす。
目を赤くしたむくは、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「む、むく…?」
「たぁちゃ、」
風太も同じように腰を下ろし、むくの頬に手の甲を当てる。
むくがぽろぽろと流す涙を拭いて、どうした、と問いかけた。
ふるふると首を振るむくに、風太は先生の方を見た。
「たろ、俺が話聞いてくるから、むくと一緒にいろ」
「はい。…むく、おいで」
「ん…」
泣きじゃくるむくを抱きしめて、汰絽は園内にあるブランコに腰をおろした。
むくの背中をさすり、頬にキスする。
涙の味がする頬から唇を離すと、汰絽は少し汗ばんだ額を撫でた。
「たぁちゃ、ど、して」
むくの小さな声が聞こえてくる。
小さな声に耳を傾けていると、むくは泣きながらつぶやいた。
「ど、して、むぅには、ママ、と、パパがい…ないの」
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