風太

バイクを走らせて数10分。
周りを見れば、質素な居酒屋やカフェのある通り。
突きあたり、奥まった所に風太はいた。
落書きの施された扉を乱暴に開く。
中に入れば、ガラの悪そうな男たちが振り返った。


「…ホワイトラビットの春野。東条を出せ」

低く呻くような声に、あたりに警戒心が漂う。
広めのそこは、元は廃工場だったようで、2階の部分が少し1階から見えた。
汰絽とむくは2階にいるのだろう。
風太の声が聞こえたのか、2階から黒髪の男が降りてきた。
東条壱琉。


「…よぉ、春野」

「…わかってんだろうな」

「あぁ? …白い兎ちゃんは可愛い子猫ちゃんに手も出せねえくせにいきがるのかぁ?」

「さっさと汰絽とむくを出せ」

「…1回ヤり合ってからな」

東条の言葉の後に、すぐに拳が飛んでくる。
軽くよけ、手を添えてから受け流す。
すぐに足が伸びてきて、風太は後ろに下がった。
体制を整え、東条の腹に蹴りを入れる。


「相変わらず足が長ぇこと」

東条のカラカラと笑う声が聞こえ、風太は呻き声を漏らす。
不意に、2階の方で何かが動いた気配がして、風太はそちらに視線を向けた。


「汰絽」

視線の先には汰絽がいて、今にでも柵から飛び降りてきそうに下を見ている。
動きが止まったことに気づいた汰絽がすぐに階段を駆け下りてきた。
それから風太が止まったことで動きを止めた東条と風太の間にはいってくる。


「駄目です!」

「…たろ、」

「むくもいるんですから。やめてください。東条さんには何もされてません」

「可愛く鳴いてたくせに」

「汰絽!!」

「普通に嘘をつかないでください。…風太さん、大丈夫です」

東条はやる気が失われたのか、その場にどさっと腰をおろして、風太は行き場のない思いに呻きを漏らす。
汰絽はそんな風太の手を引いて、2階に連れて行った。


「むくが寝ちゃったので、おんぶしていただけますか」

「…」

「風太さん、僕、大丈夫です。心配かけてごめんなさい」

「…俺こそ」

「いいえ、来てくれてよかったです」

にっこりとほほ笑んだ汰絽に、風太は力の入った拳からゆっくりと力を抜いた。
それから、少し震えた手で汰絽の頬に触れる。


「…大丈夫」

汰絽の何度も大丈夫、と呟く声に、少しだけ安心する。
幸せそうな顔で眠るむくを背中に負ぶさり、風太は汰絽に行くぞ、と促した。


「春野ー、次は、いつ」

「…当分はやらねえ。頭冷やしてろ」

「ッチ、つまんねえなぁ」




イーストナイトの溜まり場から出て、むくを汰絽に預け乗り捨てたバイクを立てる。
風太がバイクを立てるのを待っている汰絽は空を見上げていた。


「何か見えるか」

「いいえ。…お月さまもお星さまもありません」

「…そうか」

「でも、真っ暗なお空は好きです」

汰絽がそう言って笑うのを、街灯の光の中に見る。
うすい黄色の街灯が照らす汰絽は、とても優しく見えた。


「…無事でよかった」

「はい。…助けに来てくれてありがとうございました。信じてたので」

「俺は、」

汰絽の言葉に、風太は言いかけの口を閉じた。
それから、真っ暗な空を見上げる。
汰絽が真っ暗な空が好き、と言ったのが、何となくわかる気がした。


「俺は、お前に何かあったら、すぐに助けに行くよ」

そう呟いて、汰絽の隣をバイクを引きながら歩いた。


ホワイトラビット end
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