和み

階段を上る途中、暖かそうな蜂蜜みたいな色をした猫っ毛が風太の目に入った。
すれ違った時、桜の花が何枚もくっついてて、何となく心が和んだのを思い出す。


「よしくーん、もちあげられませーん、てつだってくださーい」

と、何度もフツメン(友人)、好野を呼ぶ声を風太は聞く。
聞いている人を落ち着かせるような柔らかな声。
風太は後ろから汰絽が持ち上げようとしていたゴミ袋を汰絽の手ごと持ち上げた。


「あ、あれ?」

持ちあがった手を何事かと、あわあわする汰絽を見て風太は思わず笑った。
笑い声に手の人物を振り返ろうとしたが、あいにく手を持ち上げられているため、顔を動かすだけになる。


「あわわわ、」

「く、お前、面白い」

ようやく汰絽の手をつかんでいたのを離させ、風太は似合わないゴミ袋を持った。
風太にとっては軽いが、汰絽にとっては重いゴミ袋。
風太は何捨てたんだ、と舌打ちする。
それを、汰絽はぽかん、と眺めていた。


「捨てに行くんだろ?」

「え? ついてきてくれるんですか?」

「持てないんだろうが」

「はい」

ゴミ袋を持った風太はきょとん、としている汰絽に声をかけた。
会話はつながっているのものの、汰絽は好野に朝説明されたことを思い出し少し迷う。
目が合っただけで殴られる、と好野から聞いたのに、この不良のトップは殴ってくる気配がない。


「お前、猫みたいな顔してるな」

「にゃんこですか?」

「ああ。目がそっくりだ」

「にゃんこ…、嬉しいです。にゃんこ好きですよ」

「へぇ。俺も猫は好きだ」

と、なんだかゆったりとした会話が始まった。
会話が始まったのはいいが、汰絽は首をかしげる。
汰絽の元にやってきたのは風太で、好野はどこにいるのだろうか。
と、顔に丸々書いてある。
その様子に、風太はフツメンなら下にいる、と告げた。
それから、ゴミ捨て行くぞ、と声をかける。
その声についていくように汰絽は階段を下りた。


「た、た、た、汰絽、どこいくの」

「ゴミ捨て行くの、よし君、先帰ってていいよー」

「い、い、いや、待ってる、むくちゃんと遊ぶんだ」

「そう? …じゃあ、玄関で待っててくださいな」

「わ、わかった、きをつけてひああああ」

最後まで言いきれずに叫び声をあげたのは、風太が一瞬好野を睨んだから。
隣で見ていた杏は笑い声を上げ、汰絽は首をかしげた。
それから風太の行くぞ、の一言で、汰絽は足を進める。
階段を下りる足は長く、汰絽を置いていく。
足の長さの違いか、汰絽はついていくのが必死だった。
スタミナが少ないのか、すぐに、呼吸が乱れる。


「せ、は、ぜ、はあ、はやぁい」

荒れた息で速い、と一言告げれば、風太の足が止まった。
ようやく追いついた汰絽の頭を撫で、風太が笑う。


「わるいな、足の長さを考えてなかった」

「い、いえ、僕が、遅いだけなので」

「そうか。そう言えば、お前名前、なんて言うの?」

「僕? え、ええと、つ、六十里汰絽です」

「たろう?」

「たろ、です。たろうじゃないですよ」

「たろ、たろな」

「たろですよー」

「はは、なんかお前かわいーな」

そんなことないです、と歩き始めると、風太も歩き始めた。
今度は汰絽に合わせた速度で。
やっと一階にたどり着き、ゴミ捨て場のある体育館裏へ向かう。
体育館へつづく渡り廊下から外に出た。
ここにも綺麗な桜が並んでいる。
上を見て、桜の花びらを眺めていると、風太が急に声を上げた。


「あ、たろ、お前、俺の名前知ってるか?」

「春野、風太先輩」

「知ってるんだな。そういうことには疎そうなのに」

知っている…と、風太の声が少しだけ不機嫌さを含んだ。
汰絽にもその不機嫌さは伝わり、汰絽は眉間をきゅっと寄せる。
そんな汰絽に、風太は目を開いた。
切なそうな顔をしている汰絽に、変な期待が胸をよぎる。
そんな自分を嘲笑って、風太は視線を汰絽から桜に移した。


「そういうことってどういうことですか?」

「ん? …不良のとか、族とか。」

「不良さんについては朝知りました。それまでは先輩の名前も知りませんでしたよ」

「は? …じゃあ、何で朝に?」

「今朝、春野先輩とすれ違って、その、綺麗な人だなって気になってよし君に教えてもらいました」

「あー…、お前、俺が怖くないの?」

「怖い? …どうしてですか?」

こてん、と首をかしげる汰絽に、風太は口元を押さえた。
柄になく、顔が赤らむのを感じる。
汰絽はその顔の赤らみを気にせずに、また桜に視線を戻した。
上からひらひらと桜の花が散ってくる。
風太も同じように顔を上げて桜の花を眺めた。
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