東の夜

「白い兎ちゃんは可愛い子猫ちゃんを飼ってるんだな」

不意に、自分にのしかかってきている男が呟いた。
足をじたばたさせようと、何をしようとも男はどかない。
大きな男らしい手で汰絽の髪を撫でた。
蜂蜜色がびくりと揺れる。


「やめて」

「…やめろって言われてやめる男がどこにいるかね」

むっと口をへの字にした汰絽を見て男は笑う。
それから興が削げたように汰絽の体から体をどかした。
むくはトイレに行きたい、と他の男とトイレに行っている。


「…なんなの」

「ん?」

「なんで誘拐したの」

汰絽が問いかけると、男はにやにやと笑う。
部屋に戻ってきたむくが汰絽に駆け寄ろうとしたところ、むくはすぐに別の男に捕まった。


「春野とヤった?」

「は?」

「セックス。したのかしてないのか聞いてるんだよ」

「…はぁ!?」

ぼっと汰絽の頬が真っ赤に染まる。
その様子に、男がにやにやと笑った。
汰絽はその腹立たしい顔にきゅっと唇を噛む。


「白い兎ちゃんの頭は行動も草食系だな」

「…その白い兎ちゃんってなに」

「そんなんも知らねえのかあ? 白い兎っつうのは、春野んとこのチーム名だよ。ホワイトラビット」

へえ…と心の中で感心して見る。
案外可愛い名前なんだな。
そう思いながら、風太のことを思い出した。
それから、先ほど男に問われたことを思い出して、再度顔を赤くする。
どうして、そんなことで…、と呟いた。


「ま、どうでもいいが、俺のところはイーストナイト」

「東の騎士…?」

「違う。ナイトは夜ってこと」

「ふうん」

興味なさそうな汰絽の声に、男は煙草を取り出した。
それから、別の男に抱えられてやってくるむくに目を向ける。


「あのちびちゃんは?」

「僕の甥っ子」

「春野汰絽の甥っ子はかぁいいんだな。五十嵐、おろしてやれよ」

「はい、東条さん」

むくをおろした五十嵐は、むくの背中をそっと押した。
汰絽に駆け寄ってきたむくは、男を睨みつける。
それからべーっと舌を見せた。


「ちびちゃんは威勢がいいな。名前は」

「むくっ。おじちゃん、たぁちゃんのこといじめるのやめて」

「いじめてねえよ。むく。それにおじちゃんじゃねえ。壱琉」

「いちる?」

「そ」

汰絽の前に立ったむくを抱き上げる。
東条は警戒心むき出しのむくに笑いかけた。
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