誘拐
「牛乳っすよね?」
「うん。どこに買いに行きますか?」
「近くにスーパーがあるんでそこじゃないっすか」
「じゃあ、そこにしましょう」
汰絽の手をつないだむくがスッキプをしだし、少し早歩きになった。
美南は汰絽とむくの少しを歩き、あたりを警戒する。
不意に振りむいた汰絽が美南の表情を見て首をかしげた。
「そういえば、どうして急に外に出されたのでしょう」
「そうっすね。あんなに忙しいのに」
美南もその点を不思議に思っていた。
首をかしげ、思い当たる点を考える。
ポケットに入れた携帯から音楽が流れ出して、美南は足を止めた。
「汰絽さんっ急ぎましょう!!」
携帯を開いて確認した美南が声を荒立てる。
顔を上げた先には、若い男に手をつかまれた汰絽とむくが居た。
「…東条さん」
「っよ。少年」
美南の口から呻き声に似た呟きが漏れる。
若い男は東条というらしい。
汰絽は手頸を握るその手を払おうと少し上下に振ってみたがびくともしない。
もう片方の手でつかまれたむくを見ると、いやそうな顔をして東条の足を踏んでいた。
「ちびちゃん、ちょっと痛ぇかな」
東条のそばにいたもう1人の男のほうに押され、汰絽は軽く悲鳴を漏らした。
むくの勇気ある行動には驚いていたが、流石にまずい。
むくっと悲惨な声でむくを呼ぶと、東条はむくを抱き上げた。
「俺にこんなことするのお前だけだぞ。ちびちゃん」
「…たぁちゃんに意地悪したらだめ!!」
嫌がる猫のように手を伸ばして東条を遠のけようとするが、もちろんのことびくともしない。
「むくっ、むくっ」
汰絽の不安が滲んだ声に、美南は呻いた。
「この状況で、お前の出方次第でこいつ等の待遇が変わる」
「…何が望みだ」
「望みなんかねえよ。ただ興味が向いただけ」
東条がにやりと笑みを浮かべて、汰絽を見る。
むくはいまだに嫌がって体を捩ったりしていた。
「さっさと春野を呼ぶんだな」
行くぞ、ともう1人の男に声をかけると、そいつは汰絽を俵を担ぐように担ぎあげた。
膝で男の背中をけろうとしたところ、あんまり暴れるとむくに危害が加わる、と言われ汰絽は大人しくなった。
「すみませんっ…」
連絡を受けて、黒猫に戻った風太は荒れた店内を見て、夏翔を振り返った。
頭を地面にこすりつける美南を一瞥し、夏翔の胸倉をつかむ。
「どうして外に出した」
「杏から連絡が来たんだ。こっちにあの坊ちゃんが向かっているって」
「…だから外に出したのか」
「ここにいたら、抗争に巻き込まれただろっ」
夏翔のYシャツから乱暴に手を放し、近くにあったテーブルを蹴りつける。
ガシャンと大きな音を立てて、窓ガラスを割った。
「顔上げろ」
一言告げ、風太は顔を上げった美南の頬を殴り付けた。
すみません、と声が聞こえ、風太は抑えられない怒りをかみしめるように歯を食いしばる。
静まった店内に、急に音楽が流れ出す。
鳴ったのは風太の携帯で、風太は直ぐに電話に出た。
「お前、今どこにいる」
『西の連中がたまってるとこ。黒猫は守れた?』
「たろが連れ去られた」
『え? …東条に?』
「お前、一外はどうした」
『それがさ、よし君、旅行中で。…とりあえず、様子見でそのまま西を観察に』
杏の話を聞き、風太が舌打ちを打つ。
携帯の向こうから叫び声が聞こえてきて、風太は一息ついた。
「東条と全面戦争する。半日で片をつけて来い」
『了解。美南ちゃんよこしてもらえる?』
「あぁ」
杏が先に通話を切り、風太も携帯をしまった。
ポケットから煙草を取り出し、火を点ける。
「美南、さっさと杏のところへ行け」
「はいっ」
「終わり次第東条のところ」
風太の指示に、美南は黒猫を出ていった。
煙を吐き出し、夏翔のほうを向く。
「バイク貸せ」
「あぁ。…悪かった」
夏翔の言葉に何も言わず、風太も荒れた黒猫を後にした。
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