むくさんは男前なようです。

「汰絽、ついてきてくれ」

むくと2人教育番組を見ていたところ、風太に腕を引かれた。
急なことに、むくが不安そうな顔をして、風太のジーンズを掴む。
それからきっと風太を睨んだ。


「たぁちゃんに意地悪しないで」

「ごめん。意地悪じゃないから。…むくも、ついてきてくれ」

「え?」

片手でむくを抱き上げ、もう片方の手で汰絽の腕を掴む。
それから風太は急ぐように部屋を出た。


「ショウ、頼む」

「あぁ」

エレベーターから降り、車に乗り込む。
2人が乗り込むとすぐに車は出された。
むくはまだ風太が汰絽をいじめようとしていると思っているのか、風太と汰絽の間に座り風太を見ている。
恨めしそうなその表情に、汰絽は思わず軽く笑ってしまった。


「むく、ごめん。心配させたな。違うから、そんな警戒しないでくれ」

「そっか。じゃあ、いいや」

むくはふう、と息をついて、汰絽の膝の上に移った。
きゅっと汰絽に抱きつく。
そんなむくを汰絽は抱き返して、笑った。


「どこ行くんですか?」

「黒猫。詳しくはついてからな」

風太はどこか緊張した様子だが、汰絽を見て微笑んだ。
その微笑みに、汰絽は安心する。


ようやく到着した黒猫。
むくは風太に抱きかかえられ、汰絽はひょいっと車から降りた。
夏以来来ることのなかった黒猫は、以前と変わらない外装だ。


中にはいると、緊張した空気が伝わってきた。
入ってきた汰絽に、少しだけ緊張の糸が緩む。
カウンターで話しこんでいた杏と美南が風太達の到着を知り顔を上げた。


「汰絽ちゃん、むくちゃん、こんにちはー」

「こんにちは、あん先輩」

「あんちゃんこんにちはー」

風太の腕から杏に抱っこしてもらう。
きゃっきゃと騒ぐ2人に、風太は汰絽の腕を引いた。



「たろ、急にごめんな」

「いえ。…なにかあったんですよね? 風太さんが緊張した顔、初めて見た」

カウンターの椅子を風太が引き、汰絽を先に座らせる。
風太も隣に座り、汰絽の頬を撫でる。
柔らかい感触に、風太は軽く笑う。
風太の指先に、汰絽も擽ったそうに笑った。


「汰絽、後で写真見せるから、顔を覚えてほしい」

「顔?」

「ああ。で、今日はこっちに泊まろう。何があるか分からないし」

「…そんなに、危ないんですか…?」

「…悪いな。安心させられない」

大丈夫です、と、汰絽が風太に微笑む。
ついっと伸びてきた細い指が風太の頬に触れた。
男らしい頬に汰絽は目を細める。
風太は頬に触れてくる指を掴んで、口元に持っていく。
細い指先にちゅっと口付けた。


「あっ」

「ん? …何」

「な、にじゃ…っ」

「顔真っ赤」

「だって、」

今度は手を取り、手の甲に口付ける。
びくりと手の甲が揺れて、汰絽が風太の方を見た。
目を伏せた風太がすっと視線を汰絽に向ける。
鋭い目つきに、汰絽は息をつめた。


「俺が守るから」

低い声が、汰絽を擽る。
甘い気持ちが湧き上がり、きゅっと胸が締め付けられた。
風太がそっと汰絽の手をカウンターに置き、ふわふわの蜂蜜色を撫でる。
一瞬、風太の腕に閉じ込められた。


「汰絽も…むくも」

「ふ、たさ…?」

「ん? 汰絽、杏が呼んでる」

ぱっと腕が解かれ、とん、と押される。
杏が手まねきしているのが見えて、汰絽は風太から視線をそらした。
行ってきます、と告げると、風太がひらひらと手を振った。


「あ、汰絽ちゃん、今日、ここ泊まるけど、大丈夫?」

「あの、お洋服とかは…」

「むくちゃんの服は俺が親戚から借りたから、汰絽ちゃんははるのんから借りなよ」

杏が膝で眠るむくの頭を撫でながら、汰絽に笑いかけた。
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