いよいよはじめる女借り

ダンスパフォーマンスも難なく終わり、いよいよ午後の競技。
玉入れを終えてから、女装で借りちゃう借り物競走の番が来た。
召集のかかった汰絽は、召集場所へ向かう。
後ろからがんばれー、と好野の声が聞こえて笑った。



「いよいよ、お待ちかねの女装で借りちゃう借り物競走!! 略して女借り!!」

生きのよいアナウンスが入り、汰絽は思わず苦笑した。
前の生徒が入場を始めて、汰絽も後を駆け足でついていく。


「…選手が並んだようですね。今年も、顔がいい生徒が九割。残りはネタ要員でしょうか、いい具合に揃いましたね!!」

「そうですね。何より、今年の期待の星は、1年のえー、春野汰絽君ですね!!」

急に名前を呼ばれ、汰絽に注目が集まる。
本人は、まさかここで自分が注目されると思っておらず、ぽかんと口を開く。
うおおお、と咆哮のような声が上がり、盛り上がる。


そんな様子を、風太は最前列(日陰)で眺めていた。


「はるのん、目付き悪いよ」

「別に」

注目の集まった汰絽を眺め、舌打ちを打つ。
ぱあん、とピストルが鳴り、1列目が走りだす。
今年は、一番人気があるのは、汰絽らしい。
汰絽は3列目で、1列目の盛り上がりは、案外小さいものだ。


「汰絽ちゃん人気あったんだねえ」

「…だな。俺も思った。あいつ、期待の星に選ばれるくらいなんだな」

「まあ、俺らの学年も、上の学年も、そこそこだからねえ。それに、汰絽ちゃんさ」

急に黙った杏に、風太は目を細めた。
メガネありますかー、メガネ男子いますかー、メガネ教師いますかーと、目の前を走る、メイド、ナース、某国民的魔女っ子とその他。


「…汰絽ちゃんさぁ、結構告白されてるらしいよー」

「あ?」

「ラブレターがげた箱にはいってるんだって。一日三通が毎日」

「聞いたことないんだけど」

「…そりゃあ、ラブレターが毎日届くとか自分から言わないでしょー」

黙った風太に、杏は苦笑する。
それから、メガネ、メガネ男子、メガネ教師とその他を見つけた、女装した生徒たちがゴールを切っていた。
2列目の番が来て、アナウンスが盛り上がる。


「2列目、注目は3年ー…見事なすね毛がどう来るか!? 期待大ですねえ!!」

2列目はギャグ要員か、と杏は身を乗り出す。
隣の風太が考え込んでいて、杏は乗り出した身をすぐに引っ込めた。


「これさ、よし君から聞いたんだけど」

と、杏。
風太はグランドに目を向けた。
それから早く話せ、とじろりと杏を見る。
見られた杏は直ぐに話は始めた。


「ラブレター、いちいち断りに行ってるんだって」

「…は? …いつ」

「…十分休みの時ー」

「そんな短時間でか?」

「うん。だってさ、昼はずっと俺らといるでしょー。帰りはむくちゃんのお迎えでしょー空いた時間は朝と十分休み」

「…意外すぎて、頭が痛い」

「ははー」

風太が苦笑したのを見て、杏もおなじように苦笑した。
汰絽の意外性はいつでも湧き上がってくる。

2列目が衣装室から出てきて、どっと笑いが起こった。
すね毛のすごい3年生は、白衣に短いぱつぱつのスカートに、ブラウス。
さしずめ、女医だろう。
ついっとグラウンドに視線を向けた杏は思わず噴き出した。
2列目は、女医、ナース、チャイナ、その他。
借り物は、メガネケース、白衣、生徒会長、その他。


「今年って、メガネ押しなの? 一レース目、ほとんどメガネで、二レース目もメガネなんて…シュールすぎる。しかも会長もメガネだし」

杏の呟きに、風太は思わず鼻で笑った。


待ちに待った3列目の番。
風太と杏は日陰から姿を出し、最前列に向かう。
向いに好野がいるのを見て、杏が大きく手を振った。
それに気づいた杏が、こちらへ来る。


「いよいよ汰絽の番ですね」

「よっしくーん。来るの早いねえ」

「そうですか? 結構近かったですよー」

杏と好野が楽しそうに会話するなか、風太は汰絽を眺めていた。
緊張はしていないのか、ぼーっと空を見上げて立っている。
蜂蜜色の髪がふわふわと揺れるのが見て、風太は小さく笑った。
3列目に並ぶように指示が出される。
指示に従った汰絽が、一番風太達に近い、6コース目にはいった。


「…おい、始まるぞ」

「あ、よし君」

「たろー!! がんばれー!!」

好野の応援の後に、ぱあん、とピストルが鳴った。


「あ、汰絽ちゃんいがいと早いね」

「周りが遅いんじゃないか?」

「汰絽、結構足速いんですよ。焦ったときとか、勝負事のときとか」

「へえ」

風太が汰絽を眺めながら一言。

汰絽は一番最初に衣装室に入った。



「何だろうねーっ、女装」

「なんでしょうね」

と、2人の話をBGMにし、風太は出てこない衣装室を眺めた。
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