マイペース、止まらない

通り道、やっと咲いた桜を見上げ汰絽はため息を吐いた。
何が辛いわけでもないけど、ただ単にため息が出る。
そのため息を押し留めるように息をとめ、前を向いた。
人通りの少ない道で、この道を通る人は今日もいない。
けれど、今日はいつもと違っていたようで、汰絽とすれ違うように、背の高い人が歩いて来た。


(あ、綺麗な人)

すれ違う時に、一瞬だけ視線が交わった。
綺麗な、青い瞳。
まさに空の色。
あんな綺麗な瞳があるなんて、汰絽は知らなかった。


「あ…」

思わず小さな声を漏らして息をのむ。
振り返ったらもうその人はいなかった。
なぜか心残りを感じたが、汰絽は学校へ急ぐ。
あの、すれ違った人物は汰絽と同じ制服を着ていた。



「汰絽ちゃーん、おはよーん」

「よし君、おはよー」

「むくちゃん元気?」

「うん、元気だよー」

ゆるく挨拶してきたのは、汰絽の中学からの親友のよし君、一外好野。
二人の雰囲気のゆるさに教室は和やかになった。
汰絽はすぐに自分の席に腰をかける。
それから朝すれ違った人が妙に気になり、好野に聞こうと口を開いた。


「よし君、あのね、青い目の綺麗な人、しってる?」

「ん? っは…た、た、た、汰絽、それはここの学校の生徒か…?」

「ん、そうだと思うよ。おんなじ制服きてた」

「そ、そ、そそうか」

「どうしたの? 僕は粗相なんかしてないよ。よし君なんかへーん」

「あ、あ、あのな、汰絽、その人は」

「ん?」

好野が青い顔をするのを見て、汰絽は笑いながらなにと答えた。
好野の口があわあわとしている。
それが面白いのか、汰絽は面白そうにまた笑った。


「あのな、汰絽、その人はなここ一帯の不良さんを束ねる春野風太先輩、総長さんなんだよ」

「え?そんちょう?」

「いやいやいや、村長じゃなくて総長」

「へーそうなんだあー、すごいねえ」

「うん、そうだねーじゃなくて、総長!! 不良さんわかる!?」

「うん、たばこぽいする人」

「まあ、まあ、そんな感じ…」

と、なかなか理解を示さない汰絽に、うんうんと唸りながら好野は説明した。
そんな二人にクラスメイトもはらはらしてきたのか、ちらちらと二人に視線を寄せる。
そのうち、誰かが小さな声で一外、がんばれ、とエールを送った。


「と、とにかく、春野先輩に近付いちゃだめだよ!! 消されるから、汰絽なんてミジンコ以下に消されちゃうから」

「僕はみじんこじゃないよ、みじんこはよし君」

「いやいやいや、そこに理解を示さないでって、わかった? 汰絽?」

「ん、わかったよお」

「あ、あ、あと、その人と一緒にいる人に近づくのもダメ。消される前に孕むからね!?」

「はらむ?」

「…ごめん、なんでもないです」

と、ようやく理解した汰絽に安心したところで、汰絽達のクラスの担任が入ってきた。
やる気のない、だらーっとした担任で、だらーっとHRを始める。
汰絽はそんな中、ぼけーっと窓の外を眺めた。
桜の花がひらひらと舞っている。
朝見た桜もとても綺麗だったが、上のほうからみる桜も綺麗だ。
汰絽は誰も通らない通学路の方へ視線を向けた。
すると、一面ピンクのなかにぽつん、と白いものがある。
それはさっと動いて上を見た。


「あ…」

(春野、風太先輩)

目をこらさなくても、その人だと直ぐにわかった。
持ってる雰囲気がとても綺麗なのだ。
好野が説明した怖い感じじゃなくて、どこか優しい、一度会ったことのあるような雰囲気。
だらーっとしたHRの間、汰絽はその人を眺めていた。



授業も終わり、放課後の掃除。
汰絽は屋上へ続く階段の掃除を任されていた。
先程、好野から説明を受けたが、屋上は不良のたまり場となっているらしい。
心配だ、とついてきた好野に、汰絽は大丈夫だよーとゆるく箒とチリトリを構えて見せた。


「よし君、足震えてるよ」

「武者震いしてんだよ」

「武者なの」

「なんか汰絽つめたい」

「いつもどおりだよ」

掃除を始めた汰絽に、好野は手伝うわけでもなく壁に寄り掛かって、汰絽を眺める。
けれど足は震え、顔面は蒼白になっていた。


「うっはー、つかれたー。放課後なのになんで屋上行くんだか、はるのん超いみふー」

突然聞こえた声に、好野の顔がますます青ざめた。
そんな好野をちらりと見やり、汰絽は鼻歌混じりに掃除を進める。
汰絽は不良だろうとなんだろうと、やり始めた掃除は終わらせるとでも言うように箒で溜まった埃を集めていた。
汰絽、汰絽ちゃああん、と好野が呼んでも汰絽は知らんぷりを決め込む。


「階段ながっ、長いよー。なんでこんなにながいんだよー」

「うるせえ」

好野がわたわたしているうちに、声は近づいてくる。
もう好野に逃げ場はなく、壁に張り付いて存在を消去しようと息を殺した。


「うわ、なんか壁に張り付いてる」

息を殺したかいもなく、まっ先に好野は見つかる。
それから、静まった階段で好野は息を止めた。


「ッすみませんすみませんすみません俺何もしてませんごめごめんなさあああああい」

殺される前に土下座して軽い刑にしてもらおう、と好野はスライディングのごとく床に這いつくばった。
そんな好野に目もくれず、汰絽は埃をチリトリに追いやる。
埃はどんどんと床から姿を消していった。
その後…、


「よし君、終わったよ!!」

と、いい笑顔で顔を上げた。


「…The えんど…」

「えっ? よしくん終わっちゃうの? 続編は? 続編は出ないの?」

チリトリから埃が落ちるのも気にしないで、汰絽は好野へ駆け寄った。
それからなけなしの力で好野の肩を前後にふる。


「続編ってー。超ウケるんだけど」

二人のやりとりを見て、好野が気を失った原因が笑い声をあげた。
笑い声に、汰絽はようやく階段にいるのが、自分と好野だけじゃないことに気がつく。
それから、そおっと顔をあげると棒付きの飴を口に含んでいる人が笑っていた。


「ど…どなたさまですか…」

「ん? どなた様? 俺様ですがー。ん? あれ、俺のこと知らないの?」

「しつれいながらぞんじあげません」

「そう? きみ面白いねぇ。こんなところで何をしていたのかな?」

「お掃除を…」

「そう、でも君の周りすごいことになっているよ」

飴を舐めている、頭の悪そうな人に言われ、ようやく自分が好野に駆け寄った時に埃をまき散らしたことに気づいた。
ついでに好野も埃をかぶっている。


「もう一回掃除しなきゃだねえ」

「うう…」

「そこの人に手伝ってもらったらいいんじゃないかなァ?」

「は、…よしくーん、起きてー起きてったら起きてー」

「やめろたろ、俺をおこすんじゃない。俺はもう亡くなったんだ」

「よし君、起きてるじゃん。よし君、僕、ゴミをぶちまけちゃって…、手伝って」

「…」

飴を舐めてる人の助言で、汰絽は好野を起こした。
起きざるを得なかった好野は、起き上がってぷるぷる震えながらロッカーへ向かう。
もう顔は青ざめるを通り越して白くなっていた。
そんな好野を知らない汰絽は掃除を始める。


「はるのん、なにこれ超シュール」

「…おい、俺が人を探してるって言ったよな」

「そうだねー、てか超シュールなにこれまぢやべえ」

「杏。話を聞け」

「なに」

「そいつ見つかった」

「は?」

なかなか話を聞かない飴の人、杏は目を目一杯開きながら存在の薄かったもう一人を見た。
そこにいたのは、白髪の人物。
掃除をしていた汰絽もその声にちらりと視線を上げた。


「あ…」

小さな声を上げ好野のほうを向く。
すると好野はあちゃー、というように額に掌をくっつけていた。
それから、汰絽にちょいちょい、と手招きをして耳打ちする。


「い、今そこで話してるのがほら、汰絽の聞いてきた人。隣にいるのは今野杏先輩。わかった?絶対失礼なこと言うなよ」

「ん」

好野にらじゃ、と敬礼してから、汰絽は箒を持つ手を動かした。

異様な空気な屋上へ続く階段。
そこで好野は恐怖で荒くなる息をどう対処しようか、チリトリを持ってしゃがみ込みながら考えていた。
恐怖の原因は二人の世界を作り込んでいて、その原因を作り上げた汰絽も静かに手を動かしている。


「おおふ…」

「よしくん、ちゃんとチリトリ支えて」

「お、おう」

汰絽に注意されてチリトリを支えている手に力を入れた。
けれどその手はぶるぶると震えていて、まさに恐怖心を表している。
なんせ好野の恐怖の原因は、朝、汰絽に説明したとおり、ここ一帯の不良をまとめるお頭。
白髪蒼眼の春野風太。

しかも黒い噂が絶えまなく、聞いたところ、目を合わせれば殴られて病院送り…。
ただでさえビビりな好野の恐怖はピークに達していた。


「よし君、お気を確かに」

「おふ…」

汰絽の声にあやふやな言葉を返し、朦朧としそうな意識に鞭を打った。
それにしても、汰絽は朝、説明されたのに、大した恐怖も見せずに平然としている。
その様子に好野は声を小さくして訪ねた。


「怖くないのか」

「え、なんで?」

「いいや…なんでもない」

「うん」

好野の疑問に汰絽が疑問で返し、質問タイムはあっけなく終わった。
チリトリに収納されていくゴミも少なくなっている。


「よし、おわったね」

「そ、ソウダネ」

「僕、ゴミ捨ててくるから、よし君待ってて」

「…え?」

「待っててねー」


ごみ箱があるのは屋上へ続く扉の脇。
今掃除していたのはその下の踊り場。
汰絽はゴミを捨ててくる、と階段駆け上がっていた。
不良のトップ二人のもとに好野を残して。


「なあ、そこのフツメン」

「は、は、っははあ」

「…ゴミ捨てに行ったちんこいの、名前なんて言うの?」

「な、なまえ? 汰絽? …え、あれは」

「ッチ、おい、はっきりしろ」

春野風太は、眉間にしわを寄せて好野の胸倉をつかんだ。
掴まれた胸倉に目を寄せ、好野は恐怖に普通の顔を歪ませる。


「はるのん、はるのん、そんなんじゃふつめん君が話せないって」

「ッチ」

舌打ちはあったものの、風太は好野をおろした。
助けてくれた…のは、もう一人の危険人物で、先ほど汰絽に助言をくれた今野杏。
杏は楽しそうに笑いながら好野に話しかけてきた。


「フツメン君、この人ね、さっきの子の名前が知りたいみたい。教えてくれない?」

「……た、汰絽をどうするつもりですか…、い、い、いくら、先輩方でも、汰絽をいじめるのは…っ!!」

何を思ったのか好野は声を震わせながら、杏に突っかかった。
意表をつかれた杏は風太のほうをちらりと見て笑う。
にんまりとした笑みは、肉食動物を彷彿させる。


「俺らに突っかかるほどさっきの子が大事? ふふ…君、面白いね、チキンなのに」

「ち、チキンは関係ありません!!」

「よしくーん、ごみ箱がいっぱいだよおー、重くて持ち上げられませーん」

上のほうからごみ箱がいっぱいだよーと情けない報告を受け、好野はこの場を!!と動こうとした。
けれど動こうとしたのにかかわらず、体が動かない。
どうしたことかと、固定されているところ、右腕をみたら杏ががっちりと握っていた。
はずしてくださーい、と喚きながらも、汰絽のもとへ行こうとする。
けれど、先に動いたのはまたも存在を消していた風太だった。
白髪が好野の横を通り過ぎて行った。

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