準備…?

「体育祭まで、四時間目以降は体育祭練習なー」

だるだるとした担任に告げられ、汰絽はげっそりした。
女装で借りちゃう〜…は、これから練習があるらしい。
授業をつぶしてまでやりたいことか…と、悪態をついて、もう一人の走者の後に続いて教室を出た。


まずは被服室で去年の衣装がどんなものかを確認するらしい。
確認、というのは、毎年毎年、衣装が変わるかららしい。
そのため、とりあえずどの程度の女装なのかを、走者は見ておいた方がいい、と担任が言っていた。

やる気が底辺を貫きそうだが、汰絽は被服室で確認作業を行っていた。
やる気のなさからぼけっと眺めていると、目の前できゃっきゃっと女子の様に汰絽のクラスメイトを含んだ3人。
汰絽はその様子になぜか背筋がぞわぞわとした。
けれどそれは一瞬のことで、汰絽はぱっと脇に視線をうつす。
特に理由はないが、窓の外が気になった。


「あ…」

汰絽の小さな声に、前で騒いでいた三人がぱっと振り返った。
どうしたことか、と怪訝そうな顔をしている。
が、汰絽の視線の先に、何があったのか理解すると、三人は窓に飛びついて来た。
汰絽の視線の先にあった…、居たのは、風太と杏の二人。


「春野先輩、超格好いいぃっ」

「だよね!! 僕は杏先輩も好きだけど…、やっぱ春野先輩格好いいよぉ」

「僕は杏先輩派!!」

「あ、こっち向いた」

その言葉に、つい、と汰絽も視線を窓に向けた。
すると風太は三人の後ろにいる汰絽を見つけたのか、少しだけ口角をあげる。
そんな風太に、汰絽はかあっと頬が一気に熱くなるのを感じた。
急に火照った頬に手を当てると、窓の先にいる風太が軽く杏と笑うのが見える。
そんな風太を見て、全身が熱くなるのを感じた。

その熱を冷ます様に、ふるふると頭を振った。
それでも熱は冷めるわけもなく、汰絽は風に当ろう、と廊下へ出た。


「はぁ…」

静かに廊下を歩き、近くにあった階段に腰をおろした。
それからゆっくりとため息を吐く。
最近感じるあの熱。
良く分からない熱に、汰絽はため息をつくことしかできなかった。

原因が風太であることには変わりないが、どうして風太なのかがさっぱりわからない。

考えてもどうしようもない、そう思い、汰絽は目をつむって息を吐いた。



「どうした、女装っ子」

「じょ…っ」

女装してません、と最後まで言えず、汰絽は口をつぐんだ。
それから急にあらわれた風太に対し、ふいっと顔をそらす。
風太はそんな汰絽を笑い、隣に腰を下ろす。
小さくなっている汰絽は、虫の居所が悪いのか、仏頂面となった。


「ん? 可愛くない顔してるな」

「もともと可愛くなんかないです」

「はいはい。汰絽はいつでも可愛いですよ。で、どうしたよ?そんな鼻まげて」

「…あの三人はどうしたんですか?」

「3人?」

はて?と首をかしげた風太に、汰絽ははあ、と意味のない言葉を漏らした。
風太は興味を無くしたのか、疲れたーとでも言うように、階段に体を預ける。
それから、汰絽の頭を大きなてのひらでぽんぽん、と撫でた。


「女装頑張れよ」

「ガンバレも何も…」

「大丈夫だって、汰絽は可愛いからな」

「話が…通じてない」

「はは、気にするな」

風太がからからと笑うため、汰絽の行き場のない焦燥はチリチリと音を立てて燃え尽きる。
もう考えることをやめた、とでも言うように、風太と同じように階段に雪崩れかかった。


「背中、ごつごつして痛いです」

「だよな。あ、…戻らなくていいのか?」

「今、去年の衣装見てるだけなんで大丈夫ですよ」

「そっか」

「来年はどんな衣装になるんでしょうね」

「そうだな…。俺は汰絽のナース姿がみたいですよ」

「なっ…そんなの見せたくないですー」

汰絽はそう言うと、ぽんっと階段から起きあがった。
それから風太に笑いかけてから、教室に戻ります、と告げた。
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