不機嫌な風太さん

むくを抱いて買い物し、帰宅すると、鬼のような形相をした風太が立っていた。
何事…と思いつつも、ただいま帰りましたと告げる。
すると、風太ははぁ…と、重たいため息をついて入れ、と汰絽とむくを招き入れた。
いかにも不機嫌だな、と、汰絽は首を傾げる。
身に覚えもないため、段々と意味が分からなくなり始めた。


「えっと、…何か、あったんですか…?」

「な・に・か? …それはお前だろ」

「はあ…。特に何かあった覚えはないのですが…」

「体育祭」

その一言で、汰絽ははっと息を吸い込み、あああ、とうなだれた。
むくはそんな汰絽の腕から降りて、買い物袋を風太に手渡す。
むくにありがとう、と言いながら、その袋の中身を冷蔵庫に移した。


「…なんで知ってるんですかァ…」

「杏経由でお前のダチから。なんでそれを選んだんだよ」

「選んだわけじゃないです…」

「じゃあなんでだよ」

「…余ったのでいいって頼んだら、余ったのがそれだったんです」

「・・・」

愕然とする風太に、汰絽も同じようにうなだれた。
そんな様子の二人に、むくは笑いながら女装ってなあに?と質問。
風太の眉間にしわが寄るのを見て、汰絽はあわわわと声を上げた。
答えられたのは、もちろん、汰絽しかいない。


「男の人が女の人の格好をすることだよ」

「へえー。たぁちゃん、女の人になるの?」

「んー、ちょっと違うかな…あはは」

どうにでもなれ、という心境だったのが、風太にばれたことによって、何となくどんよりとしてしまう。
それから、風太が不機嫌だったことを思い出して、汰絽は顔を上げた。


「そういえば、風太さん、なんで僕が女装することで不機嫌になってたんですか?」

「…」

風太が一瞬焦ったように見えて、汰絽はずいっと風太の顔を覗き込む。
普段通りの表情になったが、焦っていたのは確かなようで、汰絽から視線をそらしていた。
どうしたことか、と、風太を眺める。


「なんで、焦ってるんですか?」

(お前の女装を他人になんか見せてたまるかなんて、口が裂けても言えない)

「…?」

「別に焦ってねえよ。ほら、別に深い意味はないから夕飯頼む」

「は、はぁ…」

風太に背中を押される形でキッチンに追いやられ、汰絽はしぶしぶと腕まくりした。
それから気を入れなおして夕飯作りに意識を費やした。


「そう言えば、風太さんはなんの競技になったんですか」

「綱引き」
 
「えー? 綱引きですか? リレーじゃなくて?」

「めんどくさいじゃねえか…あ、当日飯どうする」

「一緒に食べたいです」

「了解。屋上で待ってるからな」

「はーい」

リビングでむくと遊んでいる風太に言われ、汰絽は返事した。
それから夕食の支度を終え、テーブルに運ぶ。
むくも風太はコップを運んだり、箸を運んだりと手伝った。




夕食も終え、ゆっくりと休んでいる間、汰絽は風呂を終えた。
むくと風太もすぐに風呂を終え、リビングでだらだらと過ごす。
そのうち、むくが眠そうになったことにより、汰絽はむくを部屋に連れて行った。
深い眠りについたのを確認してから、リビングへ戻る。
風太はソファーに座って、アイスを食べていた。


「あ、ずるい」

ひょいっとアイスを傾けると、汰絽がカプリとかじりつく。
それを見てから、風太は後はやるよ、と汰絽にアイスを渡した。


「風太さん、僕が出てるとき、絶対見ないでくださいね」

「やだ」

「やだっていうのがいやだです」

「やだっていうのがいやだってのがいやだ」

「うわーっ、もう何言ってるか分かんないです」

汰絽が笑いながらそういうのを聞いて、風太も思わず笑った。
それからふわふわな蜂蜜色を撫でて、そっとその手を離す。


「可愛いから、絶対見る」

「…かわいいなんて言われても…」

「照れてる」

「照れてないです」

汰絽が風太の足を軽く叩いて、その会話が終わった。
運動会まで、あと一週間のこと。
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