夏、夏ももう終わるよね

連休も、夏休みも明け、何事もなく過ぎた熱すぎる日々。
久し振りの学校で、汰絽は大きく欠伸をした。

だらだらとしたLHRの中、体育祭の種目決めで、汰絽の教室はざわざわとしている。
隣の席の好野も同じように欠伸をしながら、黒板を眺めていた。


「汰絽、どれにするよ?」

「余ったのでいいかなー。よし君は?」

「俺は綱引きにしとく」

「んー」

「眠そうだなー」

「ちょっと寝るー。起こしてー」

「おう。わかった」

後のことは好野に任せて、汰絽は机に突っ伏す。
机の香りが香って、汰絽は目をつぶった。
机に突っ伏した汰絽を見て、好野はほほ笑ましげに笑う。
それから汰絽の頭を優しく撫でた。




「汰絽ー!! ごめんよおおおおおおお」

好野の大きな声の謝罪を聞いて、汰絽は目を覚ました。
何が起きているかさっぱりで、土下座しそうなくらい謝ってくる好野を見つめる。
若干涙目の好野に、汰絽は黒板に視線をずらした。


「…じょ、女装で借りちゃう借り物競走?」

「余ったのあれしかなくてそれに汰絽可愛いから女装でもなんでも…ごめええええん」

聞き取れないくらいの早さプラス大きな声で、汰絽は好野の声から鼓膜を守るために耳を塞いだ。
初めての体育祭は、女装で借り物競走をするらしい。

1.じょ‐そう【女装】
[名](スル)男が女の姿をすること。また、その装い。
y○○○o辞書参照。

女装…。
汰絽は好野の携帯で某サイトの辞書を開く。
いくら現実逃避したくても、当たり前のことだが、辞書でさえも現実を見せてきた。
項垂れたくても項垂れることが出来ない。


「じょ、じょそう?」

「じょ、じょそうだよ」

「何、助走?」

「違くて、女装」

「…え? 僕が?」

「そうだい」

「は? え?」










その頃、特進理系科二学年。

杏と風太はもちろん面倒な競技にあたりたくない、という思いから、教室でしっかり種目決めに参加中。
満場一致…で、楽な種目、綱引きに決まった。
杏も同じように綱引きを選び、もう一つ、足の速さから軍団リレーの選手に選ばれた。
楽しいことは基本好きな杏は、たのしみだなーとか、独り言を漏らしている。


「あ、ねね、はるのん。汰絽ちゃん、女借りに決まってたりしてー」

突然、振られた会話に、風太は眉間にしわを寄せた。
黒板の端っこに書かれた、女装で借りちゃう借り物競走の文字。
汰絽ならなっていそうで、怖い。


「…おい」

「わかってるよーん。今メールするってー」

ぱちっと携帯を開いた杏は、楽しくてたまらない!!という表情をしながら、メールを打ち始めた。
だらん、と腕をたらし、風太はやる気のない格好をする。
風太の思いはむなしく、散ることになった。
返信は思ったより早く来て、杏が大笑いしながら、携帯を風太に渡す。


「…まじか」

「まじだよー!! 汰絽ちゃん、見事に、ぶふっ、女装とかハマり役すぎるでしょ!!」

「…」

「…はるのん、怖いんだけど、顔」

「いつものことだ」

風太は、まさかの出来事に、頭を抱えたい心境となった。






特進文系科一学年。


「女装って、何の格好するのかな」

「さあー。…汰絽だったら何でも似合うとおもうよ!!」

「それもちょっとうれしくないんだけど…まあ、なっちゃたし、しょうがないよ」

「ごめんよおおおおお」

「いいよおおおお」

競技の説明をクラス委員長から聞きながら、汰絽は好野に笑いかける。
好野は綱引きに決まり、汰絽は女装で借りちゃう借り物競走に決まった。
しかたないよね、と諦めた汰絽は、帰宅後、不機嫌な風太と出会うことになる。
そんなことも露知らず、汰絽は好野から飴玉を貰い、口に含んだ。
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