杏と汰絽

「あ、そうちょー、ちょっと相談っす」

「あ? …ああ、杏、たろ頼む」

「おっけー」

杏のゆるい声に風太は頷いて美南を外へ出るよう促した。
それを眺めてから、杏は汰絽のほうを向く。
楽しげな様子の汰絽を見て、思わず笑みが浮かんだ。
癒されるものは好きだな、と考えながら。


「楽しい?」

「楽しいですっ」

「そっか。良かったー、汰絽ちゃんの作ったケーキ美味しかったよー」

「そうですか? …嬉しいです」

汰絽は照れたようにはにかんで、ジュースを飲む。
杏もつられて手元にあったカクテルをあおった。

ぎゃーぎゃーと騒ぐメンバーを眺めながら、汰絽を観察する。
汰絽は手元にあったメニューに視線を向けていた。
凝視しているうちに、汰絽の長いまつげや、ふわふわな髪が目に入る。
パーツがちまちまとしていて、かわいらしい。
まるで、子供のようだ。


「ねえ、汰絽ちゃん」

「はい? なんでしょうか」

「汰絽ちゃん、好きな人いるのー?」

「好きな人ですか?」

「そ、好きな人さー。あ、ライクじゃなくてラブだよー?」

杏の女子高生のような問いかけに、汰絽は考え込んだ。
けれど答えは直ぐに出たのか、嬉しそうに笑う。


「好きな人はたくさんいます。でも、ラブっていうのはちょっと分かんないです」

「好きな人?」

「そうです。えっと、風太さんに、むくに、よし君に、あん先輩、担任の先生も好きです」

「いっぱいいるねえ。って、俺も汰絽ちゃんの好きな人に入ってるの?」

「ダメですか…?」

「いやいやいや、全然おっけーです。むしろうれしい、うれしいよ!!」

杏は汰絽の頭をわしゃわしゃと撫でた。
ふわふわの髪の毛はすぐに絡まってぐしゃぐしゃになる。
それを笑いながら直す汰絽が杏には可愛いものに見えた。

(それにしても…はるのんが、むくちゃんやよし君の前に名前が挙がるのはびっくりしたなぁ…)

と、考えながら。
当の本人は何にも気にしていないようで、またメニューに視線を戻している。


「ねえねえ、汰絽ちゃん」

「はい? どうしましたか?」

「汰絽ちゃんって彼女いたことある?」

「彼女…ですか? ないですよ。女の子のお友達もいませんですし」

「そうなんだあ…、って、じゃあまだ何にも経験がないんだね」

「経験?」

「ううん、なんでもないよ。俺が穢れてるだけだわ」

その話はここで終わり、今度は好野についての話にすり替わった。
杏と好野は定期的にメールをしているようで、汰絽よりも杏の方が好野の情報を持っている。
汰絽は杏と好野が仲良しなのが嬉しいのか、楽しそうに相槌を打った。


「でも、ちょっと妬けちゃいます」

「どうしてよー?」

「よし君がとられちゃう気分です」

「とらないよー? よし君はたろちゃんの一番でしょ? だから、いらないよー」

「ふふっ、よし君、いらないって言われちゃいましたね」

「言っちゃったー。あ、たろちゃん、もう一つ聞いていい?」

杏が急に真剣な顔になり、汰絽も真剣な顔をする。
ごくん、と杏の喉が上下し、口が開かれた。


「たろちゃんさ、はるのんと居てドキドキすることある?」

「えっ?」

汰絽から返ってきた反応は、杏が思っていたのとは違うものだった。
ドキドキすることなんてない、そう返ってくると思っていた。
面白い展開になってきた…と、胸が高まる。


「…え?」

もう一度小さくそう呟いた汰絽に、杏はゾクゾクとした。
余計なことをしたかも
と、いう気持ちと、
これは発展するか…
と、いう気持ちが絡み合う。
けれど、杏の思ったとおりにはいかず、汰絽は全く予想だにしない答えを口にした。


「そんなこと、ないですけど…?」

「え、そっか」

心の内を探ろうと顔を見るけど、先程、え、と言った時の表情はもうどこにもなかった。
先程の表情はどこか考えるようだったが、結論がまとまったのかすっきりとしてる。
杏は自分の読みは外れていたのかな、と首をかしげた。


「…なら…」

カクテルをもう一度仰いだ時に、汰絽が小さくつぶやいたのを、杏は聞き取れなかった。
それこそが、杏の読みに似通ったものだったのに。






「ただいま」

「お帰りなさい、風太さん」

美南との話が終わったのか、風太は戻ってくるなり汰絽の隣に座った。
嬉しそうな様子の汰絽に笑いかけながら、杏のほうに視線を向ける。
礼を告げようと、口を開きかけたが、杏は考え込んでいた。
まあ、いいか、と思い、汰絽に杏がどうしたのか、問いかけた。


「あいつどうしたんだ?」

「?」

「そっか、わかんねえか。あ、たろ、アイスでも食うか?」

「食べるー」

アイスを取りに行った風太の後を、汰絽は追いかけた。
汰絽が動いたことで風太が戻ってきたことを知った杏は、二人を視線で追いかける。
面白い。
風太の後をついて回る汰絽は、まるでアヒルの子のようだった。
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