夏翔と汰絽

お昼。
風太と一緒にやってきた黒猫のキッチンで、材料の確認を汰絽と夏翔の二人でしていた。
材料を買ってきたのは、風太と美南。
その二人はキッチンの入口で汰絽と夏翔を眺めている。


「えっと、どれくらいの大きさにしますか?」

「あー、とな、結構人数多いからなぁ…この型で、ふたつできるか?」

「あ、大丈夫ですよ」

ほわ、と笑った汰絽に癒されながらも、夏翔はケーキの型と大き目なボールを取り出した。
すでに汰絽は準備万端なようで、オーブンをいじっている。
夏翔はそれにおお、と驚かされながらも、残りの道具も取り出した。


「たろ、ワンホール甘さ控えめで頼む」

「了解です。あ、井川さん、卵お願いします」

おー、とゆるい返事を聞いてから汰絽は、生地を作り始めた。
風太は相変わらず二人の様子を眺める。
手際のいい二人を見るのは楽しい。
生地はあっという間に出来上がり、オーブンに入れられる。


「あ、苺が足りません…」

「そうだな」

「蜜柑も足らないです」

「あー。風太、美南、もっかい行ってこい」

「何が足らないって?」

「苺と蜜柑。蜜柑は缶詰めのやつです」

「了解」

風太と美南は可愛らしいベルの音を立てて、また黒猫を出た。
ベルの音を聞いてから、汰絽はケーキを作る作業に戻った。
オーブンを覗いてから、生クリームを泡だて始める。


「汰絽ちゃんさ」

「はい」

「風太と暮らしてどうよ」

隣で料理を作ってる夏翔に突然問われ、汰絽は泡だて器を動かす手を止めた。
それから考え込むようにしてから首をかしげる。


「それは、どういったことでしょうか」

「快適か、それとも元の生活がいいか、どうか」

「それなら、とても快適ですよ」

「そっか。それならよかった」

「…けど、」

けど、と言って汰絽は口をつぐんだ。
夏翔は沈黙を感じて、包丁から目を放し、汰絽に視線を移した。
口をつぐんだ汰絽は、どこか危うげな表情をしている。


「…やっぱり迷惑とか、かけてるんじゃないかって…思って」

小さくつぶやかれた言葉に、ああ、と頷いた。

夏翔は汰絽の一部がわかったような気がした。
この小さな体の持ち主は、見た目と裏腹に大人のような考えができるのだ。
その考えは、大人でさえできないほど、遠慮深いものだけれども。
風太が惹かれるのもわかる気がする。

そんなことを考えながら、夏翔は包丁に視線を戻した。


「たろちゃんは大人だな。…俺はさ、風太が楽しければなんでもいいと思うぞ」

「楽しいと、迷惑は違うと思います。楽しくたって、迷惑になることだってある」

「…風太は、迷惑かけてるとか感じてほしいわけじゃないだろ」

「…」

「これは俺の憶測だけど、風太は汰絽ちゃんに自分の傍にいて欲しいんだろうな」

「そんな…」

「だから、こうしてあいつの居場所にたろちゃんを連れて来たんだろうから」

「風太さんの、居場所…?」

「そうだぜ。ここは風太が一番気に入ってる場所だろうから」

「…」

汰絽は風太の話を思い出した。
母親のことを。
きっと風太のことを、夏翔はすべて知っているのだろう。
そう思った途端、夏翔のいっていることがわかった気がした。
それから、また自分の考えが間違った方向へ進もうとしていたことに気づいた。
夏翔に小さく礼を告げると、夏翔はにかっと笑った。


「わかったんならいいや。…風太に言うなよ? 迷惑かけてすみませんとか。あいつは好きでやってるんだしな」

「だいじょうぶです。…井川さんって、風太さん大好きなんですね」

「はァッ!? いや、そういう意味じゃないだろうけどさ…」

「?」

「…言っとくけど、俺、恋人いるから」

「…え?」

「恋人、いるから」

「そ、そうなんですか!?」

「おう。かわいいやつだよ」

汰絽は急にテンションの上がった夏翔に笑いながら、泡だて器を動かし始めた。
惚気始める夏翔の話を、汰絽は静かに聞く。


「かわいいやつでさ、昨日とか、一緒に寝たんだけど…」

と、話し始めた夏翔に、汰絽は笑った。
それから、昨晩の風太を思い出す。
ホラー映画を見た時の風太は、どことなく意地悪で、それでいて…。
と考えていると、ふいに、昨日抱きしめられた感触を思い出す。
風太のぬくもりを感じるようで、汰絽は体を竦めた。
どうしてか、頬が熱くなる。


「…?」

「あ、オーブン終わったぞー」

「あ、はい」

良く分からない熱さに、汰絽は頭を振ってその熱さ振りきった。
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