大切なので覚えてくれ

「あ」

隣から聞こえてきた声に、風太は自身の二の腕を触っている汰絽を見た。
汰絽はぱっと二の腕から手を放し、風太をまじまじと眺める。


「…顔見せって何するんですか」

「ああ、汰絽が何かあったときに、チームの奴がお前を守れるように、顔を見せようと思ってな」

「…なんかってなんですか」

「なんかって、んー。例えば、俺と敵対してる連中がお前を連れ去ってーとか?」

「…? 僕を連れ去っても何もないと思いますが」

「いやいや、ありますよ。たろを人質にして、俺のチームを自分らの傘下にするとか」

「はあ」

いまいち把握できてない汰絽に、風太は説明するのを放棄してしまいたくなった。
けれど、説明しなければこれからが困る。


「ちゃんと理解できたら、もう一回腹筋触らせてやる」

「はいッ!!」

「よし。つまり、俺にとってはお前は弱点なの」

「弱点」

「そう。お前が捕まったら、俺達はお前を無事に助けるために敵チームに従わなければいけねえだろ?」

「わかりました。つまり、僕が捕まりそうになった時、助けるために、僕の顔を覚えるってことですね!!」

「おお、そうだ。…腹筋パワーはんぱないな」

「…腹筋」

ちらっと捲ってやれば、汰絽が嬉しそうに手を伸ばしてきた。




「風太ー。みんな来たぞー」

「おー。汰絽、おしまい」

「ういー」

汰絽の手を服の中から取り上げて、風太は立ち上がった。
汰絽も満足そうに立ち上がる。
それから部屋を出て、今度は自分の足で階段をおりた。



二人が降りた先は、昼間の喫茶店とは違って、ざわざわとしていた。
汰絽の目前には、カラフルな頭がたくさんある。
それを眺めて風太にカラフルですね、と伝えたら、風太はそうだな、と笑った。
杏がそんなやりとりをしている二人を見つけて、駆け寄ってきた。


「汰絽ちゃーん」

「あんせんぱい」

杏がゆるい顔で汰絽に話しかけるのを見て、風太は二人の傍に寄った。
周りが騒がしい中で、風太は杏にちょいちょいと手招きする。
それから杏の耳元で何かを告げた。


「おけー。美南ちゃんと一緒に行ってくるわ」

「頼んだぞ」

「頼まれたー。あ、ショウさんが汰絽ちゃんにアイス作ってくれたから、終わったら食べなよー」

「おう」

おいてけぼりにされてる汰絽は風太の二の腕を掴む。
それから不安になった心から、きゅっと二の腕を掴む手に力を入れた。


「どうした?」

「騒がしいの、得意じゃないです」

「ああ、悪いな。もう少し我慢できるか?」

「うん」

「いい子だ。もう少ししたら、集会開くからさ」

「…」

そう告げられた汰絽は二の腕の感触でこの騒がしさを忘れようとする。
そんな汰絽を連れながら、風太はカウンターまで降りた。


「風太さん」

「ん?」

「お酒」

「飲まねえよ」

「…ならいーです」

「そっかい」

風太が汰絽を見て優しい顔で笑う。
そんな笑顔を見て、汰絽は視線をついっとそらした。
壁に並べられてるお酒を眺めて、綺麗だなっと思いながらも、なぜか赤くなった頬を撫でる。
カランカラン、と可愛らしい音が何回か聞こえてから、風太はあたりを見渡した。


「あ、集まったな」

風太の声が聞こえて、それから耳をふさがれる。
見上げると、大きな声で何かを言ってる風太がいた。
それから歓声が一瞬聞こえたが、汰絽は視線を扉に移す。
モダンな雰囲気に合った綺麗な扉だ。


「お前らァー、久し振りだからっていつまでも騒いでるなよー!」

「あ、総長っ」

「いたんすか!?」

「久しぶりっすー」

風太は大きな笑い声が聞こえて来て、思わず笑う。
久し振りの総長込みの集会となってはみんな嬉しそうだ。
そんな様子に、馬鹿だな、とか思いながらも、風太も少し嬉しくなる。


「静かにしてろよ?」

風太の一言に、黒猫が一気に静かになる。
静かになった事を確認してから、風太は汰絽の耳から手を放した。


「たろ」

風太の甘い声が聞こえて、汰絽は顔を上げた。
思ったよりも近い位置に顔があって顔がまた熱くなる。
そんな汰絽は、何も言われずに抱きあげられて椅子の上に立たされた。


「わ、」

「聞けよー」

風太に腰元を支えられている為安定しているが、結構不安定で汰絽は風太の腕を掴む。
安心してから、辺りを見渡すと、カラフルな集団が汰絽を見上げてた。


「この子な、俺の大事な子だからよ」

「え?総長恋人できたんですか!?」

「黙って聞けって言っただろ? …だからお前馬鹿なんだよ」

「すみませんーっ」

「はい、ちゃんと聞けー。今言ったとおり、大事な子だからさ、お前らなんかあったらすぐ助けてやってくれ」

汰絽は今の状況についていけず、風太をきょとんとしながら見つめる。
風太はチームのメンバーに説明するので忙しいのか、汰絽の腰をぽんぽんと叩くだけだ。
きょとんとしている途中で、夏翔に小声で汰絽に説明した。


「代々総長がな、こうやって大事な奴をメンバーの前で紹介するんだよ」

「はあ、」

「だから、この後お前のとこに沢山人が来て、色々聞かれるけど、風太がいるから安心しな」

「はい」

汰絽は夏翔から聞いた後、楽しげな風太を眺めた。
自分より低い位置にいる風太は初めてで、汰絽には少し新鮮だ。


「よーし。それからこの子がいる時はあんま騒ぐな!! 騒いだ奴から歯ァ一本ずつ折ってやるから」

「そりゃねえっすよおー!」

メンバーの一人から悲痛な声が聞こえたが、風太は知らんぷりして汰絽を椅子からおろした。
総長の命令は絶対なのか、みんな控え目に騒いでいる。
下ろされた汰絽は椅子にちょこんと座らされた。
それから夏翔が出してくれたアイスをちびちびと食べ始める。


「たろ」

「ん、風太さん、まさか、あんな紹介されると思わなかった」

「そっか。悪いな、急に抱きあげて」

「ううん、大丈夫です」

「美味いか?」

「おいしーです」

風太が隣に座ると汰絽は風太を見上げた。
今まで見たことない風太がそこにいる様に感じて、きゅっと眉をひそめる。


「どうした?」

「なんか、変です」

「変?」

「なんか、変…」

「具合でも悪いのか?」

「ううん、違います…けど、なんか」

きゅん、とする。
最後まで言わず、汰絽はアイスとともにその言葉を飲み込んだ。
それから椅子を反転させて、カラフルな一同を眺める。
風太はそんな汰絽を怪訝に思いながら椅子を反転させた。


「名前、なんて言うんっすか、そーちょー」

「美南、帰って来たのか」

「ちっす。みんな聞きたいみてーっすよ」

「あー」

帰ってきた美南に言われ、風太は辺りを見渡す。
みんな同じように好奇心に駆られるようで、目を輝かせてる。
杏は汰絽の隣に座り、汰絽にちょっかい出し始めた。


「汰絽」

「汰絽さんっすか?」

「まあ、そう呼べ」

「うい。…めちゃくちゃ可愛いっすね。釣り目で気が強そう。かなりタイプっす」

「お前、男もいけるのか」

「俺可愛ければ、なんでもいけますっすよ」

「ふうん…。こいつには手ぇ出すなよ」

風太の声が低くなって、美南は体をすくませた。
それから大丈夫っすって告げて、風太に昼間に買い出しに行ったものを渡す。
セブンスター一箱と、甘いものが入ったコンビニ袋。
その袋の中には紙が一枚入っていた。


「ちゃんと聞き出せたか」

「はい。ばっちりっす。…杏さんが心配してましたよ。汰絽さんのこと」

「だろうな…。俺が一緒にいてーから、こうして顔見せしたんだよ」

「ですけど、大きな抗争がありそうっすし」

「わかってるけどな。…それにそろそろ俺らも卒業だしな」

「…、総長」

「大丈夫だっての」

杏が隣に座ったことで、汰絽の周りにはカラフルの頭が増えた。
汰絽は楽しげにそれらと喋ってる。
風太はそれを眺めながら、美南に告げた。


「だから、お前らもしっかりしろよ。あいつを傷つけたら誰でもゆるさねえ」

「…しょうがないっすねえ!! がんばりますよ!!」

「お、わかってんなぁ、お前は。…まあ、学校には俺も杏もいるし。不可侵条約もあるからな」

「そうっすね。学校では乱闘をしないってのは結構便利っすよね。ゆっくりできるし」

「だよな」

風太が優しい目で汰絽を眺めているのを見て、美南は目を見張った。
今までに、この総長がこんな優しい目をしているのは見たことがなかった。
それほどまでに、あの小さな人物は風太を虜にしたのか、と、面白く思う。
今までなかった出来事に、美南は気持ちが高ぶるのを感じた。
[prev] [next]


戻る



「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -