にゃんこさん

クレープを食べながら、商店街をぶらぶらと歩く。
駅に行くには遠周りになるが商店街を通った。
風太は携帯で時間を確認したり、メールをしたりする。
汰絽はそんな風太を眺めたり、通りすぎる店を眺めていた。


「ショウが店開けるから、いつでも来いってさ」

「わーい。あ、そう言えば、井川さんってなんのお店してるんですか」

「今更だな。…昼間は喫茶店で、夜はバー」

「ばー?」

「バー。…酒飲むところ」

「お酒? …未成年ってお酒だめじゃ…」

「気にするな」

気にするな、と言われても、風太から出た言葉は気になる言葉。
汰絽はじとっと風太を見る。
風太はその視線が痛いのか、ぽんぽんと汰絽の頭を撫でた。


「ほら、俺不良だし。…あ、黒猫って言うんだけどな、店」

「黒猫…!?」

「おう。猫はいねえけどよ。不良ってか俺の仲間がたくさんいるけど大丈夫か?」

「不良さんっ!! 風太さんみたいな人、いっぱいですか?」

「おう。…まあ、俺より不良っぽい奴な」

「ほわー」

「怖くねえの?」

「怖くねーです。それより、お酒、ダメですよ。身体に悪いです」

「はいはい」

「ちゃんときいてください!」

ぷくうっと膨れた汰絽に、風太は目を開いた。
少しだけ上気して赤い頬がいっぱいいっぱいに膨れている。
面白い。
風太は指先でその頬を押した。


「ぷふっ」

「あ、漏れた。…ははっ」

「わらいごとじゃっ〜っ」

「あ、あんな所に猫の人形が」

「あっ」

風太が指さした場所は、あと五メートルくらい先。
路地にでてる看板に、猫が何匹が座っている。
汰絽はそれを見て、目を輝かせた。


「ほら、猫さんだぞー」

「あーっ」

「よし、行ってこい」

「わー」

小走りになる汰絽を、風太は単純だな、とか失礼なことを考えながらゆっくりと追いかけた。


「風太さん、かわいーですよう」

「そうだな。…あ、黒猫」

「黒にゃんこ」

「白猫」

「白にゃんこ」

「ロシアンブルー」

「ロシアンにゃんこ」

「ろ、ロシアンにゃんこだと…」

汰絽のネーミングセンス?に、風太は思わず噴き出した。
それからロシアンにゃんこのぬいぐるみの胴を持つ。
汰絽は店の棚に並んで座っているロシアンにゃんこの仲間達を吟味した。


「チンチラ」

「チンチラは普通なんだな」

「マンチカンさんに、アメリカンにゃんこー」

「おお、アメリカンにゃんこだと…」

「かわいー」

「おお、かわいいな」

風太は汰絽の面白さに、耐えきれず顔をそらして盛大に笑った。
それから汰絽の頭をぽんぽんぽんぽんして、笑う。
汰絽は頭にはてなマークを浮かべながらも黒にゃんこの隣にある籠に入っていたにゃんこを持ち上げた。


「…はちみつ」

「蜂蜜? …あ、汰絽にそっくりだな、そいつ」

「こっちの白にゃんこさんは、風太さんに似てますよー」

「おー? …そうか?」

「そっくりです。かわいい」

「そうかい。あ、じゃあこっちはむくか?」

「あ、むくー」

籠の中には三匹入っていて、それぞれを持ち上げれば、三人にそっくりだった。
汰絽はほわーと目を輝かせて籠に三匹を戻す。


「春野家」

「おっ、うまいな。お前」

「うへへー。かわいいですねっ。あ、キーホルダー」

次はキーホルダー、と、汰絽は店内の壁にかかっていたキーホルダーを吟味しだした。
猫のほかにもペンギンやキリンなどいるが、汰絽は目もくれずに猫ばかりを眺めている。
そこにもロシアンにゃんこがいた。


「おー、可愛いサイズだな」

「お値段も、可愛いです。春野家もキーホルダーになってますよ! 別々ですが」

「お、ほんとだ。…たろ、欲しい?」

「欲しいですっ」

「じゃあ、春野家買ってやるよ」

「わ、悪いですよ? …クレープも電車代ももらっちゃったし…」

「いいって。…あと、むくの土産も買ってやらなきゃだな」

「…ううー」

「じゃあ、俺も付けるから俺の分は汰絽が買って。で、むくの土産は二人で出そう」

「わかりましたっ。絶対つけてくださいね!!」

汰絽が嬉しそうに言う。
風太はそれを見て、おう、と答えた。
それから、むくにはあの大きなぬいぐるみの春野家を買おう、ということになる。
汰絽は手にたくさんのにゃんこを抱えて幸せそうだ。
風太はロシアンにゃんことアメリカンにゃんこも手に取った。


「ロシアンにゃんこさんとアメリカンにゃんこさんはどうするんですか?」

「ん? …名前が面白かったからな」

「…?」

レジに行くと、店員は意外にも男性だった。
店員に大量の商品を出すと、目を開いて驚かれる。
汰絽は幸せそうな顔で、可愛い紙袋に入れられるにゃんこを眺めた。


「幸せそうだな」

「幸せですー」

「にゃんこさんがいっぱいだな」

「いっぱいですね!! あの白にゃんこさんの名前は、ふーたさんに決まりですね」

「はは、俺か。じゃあ、あの蜂蜜は、たろさんだな」

「あはっ、じゃあ、ちっちゃいのは、むくさんですね」

「そうだな。あ、そろそろ駅行くぞ」

「はいっ」

汰絽が大事そうに紙袋を抱えるのを見て、風太は駅へ向かうと告げた。
始めよりは早いペースで駅に向かう。
あのファンシーな店から駅は近くて、風太はまた流れるように切符を買って汰絽に渡した。
そら行くぞ、とばかりに汰絽の背中を押して改札をくぐらせる。


「また、悪いですって言ってるのに」

「お前、意外と怒りっぽいんだな」

「そ、そりゃ、怒りますよっ風太さん、お金っいくらですか!!」

「教えません」

「お・か・ね!」

「お・し・え・な・い」

「…強情ですね」

「お前もな。…だから、今日は俺が誘ったし。男気を見せさせろ」

「僕も男ですけど」

「え?」

「え?」

「冗談だよ。わかってるって」

「…」

話が逸らされたことに気づいた汰絽は押し黙った。
それから、紙袋をぎゅっと抱きしめる。
可愛い紙袋が、くしゃ、と音をたてた。
風太はそれを見ながら、口元を押さえる。
あーっと唸り、風太は汰絽の頭を撫でた。


「許せって」

「おかね」

「じゃあ、明日も俺につきあって」

「…何するんですか?」

「ショウのとこで、チームの下っ端の誕生会。料理、手伝って」

「いいんですか?」

「たろさんの美味い料理が食べたいです」

「はいっ」

汰絽の返事と同時に、電車がホームに滑り込んだ。
行きとは違って、車内は空いている。
ボックス席が開いていて、二人はそこに腰かけた。


「キーホルダー、どこにつける?」

「うーん、鞄に付けます」

「鞄か。俺は携帯に付けるわ」

「わー、お揃いですね!!」

「そうだな。嬉しい?」

「嬉しいですっ」

「そうか」

嬉しそうな汰絽は、紙袋をのぞいている。
風太はそれを見てから、携帯を開いた。
メールが一件。
朝、むくを迎えに来た結子からだ。
メールを読んでから、風太は携帯を汰絽に渡した。


「たろ、結子さんから」

「わ…メール?」

「おう。写真もついてるぞ」

「わあーっ、お昼寝ですねっ、むくもゆうちゃんも可愛いです」

「かわいいな」

「はいっ、お昼寝してると僕も寝ちゃうんで、まじまじと見たのは初めてです」

「そうか。…今度俺も昼寝まぜろよ」

「はーい」

携帯を風太から受け取った汰絽は、心底愛おしい、とでもいうかのような顔をしていた。
風太はそんな汰絽を眺める。
それから、ゆっくりと視線を窓に移した。
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