ありがとうございました

汰絽とむくが両親を失って祖母に引き取られ、むくの苗字は戸籍上、市川から六十里に変わった。
日に日に目に見えるむくの成長に、汰絽は姉の面影を感じる。
いつの間にか、姉と義兄に似ていくむくの世話をするのが、汰絽の生きがいとなっていた。

汰絽とむくの祖母は自らの死期を悟ったようだった。
具合が悪くなる回数が増えた。
咳も重く辛そうものに変わった。
その変化に、汰絽は不安になる。
祖母は部屋の掃除の仕方や洗濯機の使い方、むくのご飯の作り方などをノートに書き留めていた。
そのノートを作るのと一緒に生活に必要なことを汰絽に沢山のことを教える。
それから、汰絽とむくの両親が残した財産の使い方のことも。
祖母の様子に病院に行くよう勧めたが、祖母は行く気配を見せなかった。
異変を感じたのは、汰絽が15歳にむくが3歳になったばかりのこと。


「むうちゃん」

「ばあば、むう、たあちゃんと一緒におひるねしたよ」

「そう、たあちゃんもお昼寝したんだね」

祖母とむくが楽しそうにしているのを、汰絽はずっと眺めている。
祖母が汰絽に笑いかけるものの、汰絽は不安そうに笑うことしかできない。
かたくなに拒む祖母に、毎晩、汰絽は病院に行くように勧めていた。
不安な表情をしてはいけない、そう思っても、汰絽は不安は湧き上がっていく。


「汰絽ちゃん、おばあちゃんね、あと少ししか生きられないの分かっているのよ」

「病院に行けばきっと治るよ?」

「ううん、もう十分。最後に汰絽ちゃんとむくちゃんと一緒に過ごせてよかったわ」

「悲しいこと言わないで。僕もむくもおばあちゃんがいなきゃいやだよ」

「大丈夫よおばあちゃんがいなくても大丈夫」

涙で目の前がぼやけた。
祖母の優しい右手が、汰絽の蜂蜜色の髪を優しく撫でる。
それから、目をつぶってにっこりと笑った。


「…おばあちゃん、汰絽ちゃんの高校決まったから安心したの。だから、むくちゃんの幼稚園もすぐに決めれたわ」

「幼稚園…」

「そうよ、むくちゃんの幼稚園。汰絽ちゃんの学校の近く。これで毎日迎えに行けるよ」

「…そうだね、でもっ」

「大丈夫よ、汰絽ちゃん。ね、春休みなんだから、むくちゃんといっぱい遊んであげてね」

祖母の優しい気遣いに、汰絽は涙をこぼした。
ぽろぽろ流れる涙に、祖母は気付かないふりをして自分の寝室に向かう。
小さくなった祖母の背中。
温かい背中を眺めて、汰絽は嗚咽を漏らす。
そのあと、汰絽は涙が止まってから、むくの寝ている部屋に戻った。



「たあちゃん、泣いてるの?」

「む、むく、起きてたの?」

「んーん。おトイレいった」

「ひとりで行けたの?」

「ん。トイレできたよ。たあちゃん、おめめぬれてるよ」

「うん、ちょっと心が汗をかいてるんだよ」

「そっか、じゃあ、むうがふいてあげる」

「ありがとう」

悲しい気持ちも、むくがいれば暖かくなった。
それは自分が一人ぼっちになってしまった時、春野が与えてくれた、むくにしかできないこと。
汰絽は祖母と話したその日、むくを抱きしめながら眠りについた。
その三日後、祖母はかたくなに行くのを拒んでいた病院の病室で息を引き取った。
とても、幸せそうな表情で。





それから、あっという間に春休みは終わり、桜の季節。
いつも一緒にいたむくのことを心配に思いながら高校に入学したが、むくはとても楽しそうにしており安心する。
むくは幼稚園で友達もできたようで、2人きりの夕飯の時、嬉しそうに話してくれた。


「むく、今日はどうだった?」

「今日もたのしかったあ。お弁当おいしかったし、ゆうちゃんとひーろーごっこもしたの」

「ヒーローごっこ、楽しかった?」

「うん、とっても。いっぱいびーむうったよ」

「そっかあ、楽しかったね」

「うん!!たあちゃん、今日もお弁当ありがとうございました」

「いいえ、どういたしまして」

と、嬉しそうに笑う汰絽を見て、むくもとても嬉しくなって笑う。
二人はささやかながらも、祖母がくれた知恵や財産、家でなんとか過ごしている。


「むく、お風呂はいろうか」

「うん!!」

風呂から上がってからむくを寝かすと、汰絽は勉強を始める。
入学時、首席を取れなかったことを後悔していた。
その後悔を雪ぐための勉強を、むくが寝た後にいつも行っている。
勉強も終わり眠気に襲われてからようやくむくを抱きしめて眠った。


「むく、おやすみ…」













「たーちゃーん、おーはーよー」

「んう、お、おはよお、むく」

毎朝、むくが目覚まし時計に成り代わり、汰絽を起こす。
朝食はいつもむくが食べやすいもの。


「むく、よく噛んで食べて」

「んー」

むぐむぐと食べてるむくに一声添えてから自分も食べる。
食べ終わった食器を運んで身支度をすれば、むくがほわほわと笑いながら汰絽に抱きついてきた。


「よし、行こうか」

「ん、いってきまーす」

穏やかな道を2人で手をつないで歩く。
ほにゃほにゃと声を出すむくに笑うと、むくも笑った。


「今日は迎えに行くの遅くなるけど、幼稚園で待っててね」

「うん、まってるー」

頭を撫でて送り出せば、何度も振り返って手を振ってくれた。
その姿を見てから汰絽は自分の高校へ向かう。

桜が綺麗に咲いていて、祖母の幸せそうな顔を思い出した。

(ありがとう、おばあちゃん)


はじめましてとさようなら end
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