ガタンゴトンとなる乗り物
以前、父に乗せてもらったバイクを、汰絽は思い出した。
祖母の家に置いてあった、バイク。
冷たい風が頬にあたり、汰絽は微笑んだ。
学校の葉桜の脇を通り過ぎて、街中を走って久し振りに見た景色は、父の背中にしがみ付きながら見たものとは違っていた。
「たろ?」
途中、汰絽の手の力が抜けて、風太は慌てて小さな手を掴んだ。
それからぎゅっと力を入れてから離せば、元の位置に戻る。
そんな様子に、風太は掴んだ小さな手の力強さに少しだけ感心した。
「ふっ、」
駅に着き駐輪場に杏のバイクを止める。
風太が先に降りて、汰絽も降りた。
途中、声が漏れて、汰絽は口を押さえる。
「大丈夫か?」
「はい、久し振りでちょっと緊張しましたっ」
「久し振り?」
「お父さんによく乗せてもらってました」
「そっか。だからそんなビビらなかったんだな」
「ふふ、ビビらないですよー」
「そうかい」
そんな会話をしているうちに、駅の中に入り切符売り場の前に着く。
風太が流れるような作業で切符を二枚購入し、汰絽に渡した。
ぽかん、とする汰絽に、風太は笑う。
「奢り。俺が誘ったからさ」
「あ、そんな、」
「いいんだって。引っ越し祝い…にしちゃ安いか」
「あ、あはっ、引っ越し祝いって、風太さん、ちょっと変ですっ」
「そうかァ? …ま、気にするな」
「…じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
「おう」
丁度、二人の行先の方面の電車が来て、改札をくぐり電車に乗り込んだ。
電車の中は少しだけ込んでいて、風太は汰絽の小さな体が押されないように、ドア側へ押しやる。
それから、汰絽が押しつぶされてしまわないように、汰絽の前に場所を落ち着けた。
「混んでますね」
「そうだな。休日だしな」
電車の中は混み合っていることもあって、ざわざわとしている。
すぐそばにいた女子高生が、風太のことを見てそわそわと仲間うちで話していた。
汰絽はそれを聞きながら風太の顔を見上げる。
整った顔立ち。切れ長の目に、すっとした鼻、綺麗な形をした唇。
どれもが魅力的で眺めていると、汰絽は時々眩暈を起こしそうになる。
女子高生にもこの人は魅力的に映るのか、と、汰絽は一人感心して頷いた。
「何一人で頷いてるんだよ」
「え? …あ、風太さんって、誰が見ても格好いいんだなって。…モテモテですね」
ちょい、と目線を女子高生に移しながらそう言うと、風太もちらりとそちらを見る。
それから、ああ、と納得したように、にやりと笑った。
「たろも俺のこと格好いいって思ってんの?」
「思ってますよ」
「…は?」
「…? 風太さん、格好いいですよ。優しいですし」
「…素直だな」
「はあ。…?」
汰絽の思わぬ返答に、風太は思わず呆気にとられた。
素直な汰絽は風太から視線をずらし、窓に移す。
窓から入ってくる景色は、見慣れないものばかり。
川を渡るときは、思わず笑みをこぼしてしまった。
蜂蜜色がふわふわと揺れて楽しそうなのを見て、風太も安心する。
デートデート、と下心満載だったが、汰絽の楽しそうな様子にはかなわない。
誘ってよかった。
行先は人気デートスポットだが、とか思いながらも、風太は汰絽の頭をポンポンと撫でた。
「もう直着くからな」
「はい」
電車がホームに滑り込み、二人は電車を降りる。
改札をくぐり、外に出ると眩しいぐらいの晴天だ。
「歩いて着く距離なんですか?」
「おう」
「海、久しぶりですっ」
「それはよかった。海好きか?」
「好きです。山も海も、好き」
「俺も、山も海も好きだ」
「川も」
「はは、自然ならなんでもいいんじゃねえの、お前」
「そうかもです…」
カラカラと笑う風太に汰絽も笑い、二人は駅を出て街中を歩く。
かすかに潮の香りがして、汰絽はすん、と鼻を鳴らした。
風太も同じように匂いを嗅ぎ、目の前でキラキラと目を輝かせる汰絽を眺めた。
蜂蜜色の髪や、色素の薄い緑色のような瞳、小さな背、高めの声。
いろいろな部分が、風太の中で汰絽を構成する。
夏の香りと日差しに、汰絽がきらきらして見えた。
「眩しい」
「え? ああ、確かに…、日差し強いですよね」
「…、ああ。…あ、そこ右」
「はい」
曲がり角を曲がり、見えてきた海。
真っ青で、日差しが輝いている。
汰絽がほあーと間の抜けた声を上げて、風太を見上げた。
（やっば…この、満面の笑み）
とか、心の中で悶えながら、風太は汰絽の様子を見る。
それから、泊りに行ったむくを思い出した。
むくの嬉しそうな顔も汰絽にそっくりだったな、と思い、思わず笑う。
「すごいですね!! 風太さん」
「おう、すげー。きらっきらだな」
「はいっ。きらっきらです!!」
「よし、走れ」
「はいっ!!」
元気よく走る汰絽を追いかけながら、風太は連れてきてよかったな、と心から思った。
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