デートにでも行きませんか?

「いってきまーすっ」

むくが小さな体には大きい鞄を掲げて、玄関を出た。
嬉しそうな後ろ姿に、汰絽は微笑んだ。
結子と会話を交わし結之にむくを頼んだよ、と伝えると、結之は真剣な顔をして頷いた。


「行ったな」

「はい。…」

「大丈夫だって。…もっかい抱きしめようか?」

「…平気ですー」

汰絽の答えにがっくりと肩を落とし、風太は広げた腕を元に戻した。
それから、ぽんぽん、と頭を撫でてやり、部屋に入るように促す。
汰絽はしゅん、とした様子で、風太はテーブルに残っている皿はシンクに運んだ。
皿を洗い始める汰絽に、風太は隣で皿を拭く。


「汰絽さん」

「はい、何でしょうか」

「今日は予定ありませんか」

「…特にありませんが」

「じゃあ、デートでもしませんか」

「デート?」

風太の言葉に汰絽は笑いながら首をかしげた。
ちらり、と風太に視線を寄せると、神妙な顔をした風太がいる。
ふふ、と思わず笑い声を漏らしながら、汰絽は泡のついた皿をすすいだ。


「どこに行くんですか?」

「んー。海とか?」

「海ですか」

「海です。あ。あと、ショウのとこの店も連れてってやるよ」

「井川さんの?」

「おう。紹介したい奴らもいるから」

「じゃあ、お願いします」

「おー。お願いされました」

風太が嬉しそうな声を出して、皿を拭いていく。
皿を拭くペースが上がったのにつられて、汰絽も洗うペースが上がる。
今後の予定に少しだけ下がっていた気持ちが、上がっていくことに汰絽は小さく笑った。


「汰絽、皿洗って支度したらすぐ出るぞ」

「はいっ、あ、風太さん」

「ん?」

「肘のとこ、泡」

汰絽はそう言うと、風太の腕を取り、肘についた泡を指先ですくった。
それから水でその泡を流す。
風太はその作業をじっと見つめてしまった。
小さな手が、指先が、自分の肘に触れるのを。
些細な触れ合いに、嬉しく思う自分に、風太は思わず笑った。


「風太さん? 支度、しないんですか?」

「あ、するする。じゃあ、支度できたらリビングで待ってて」

「はい」

じゃあ、と手を振った汰絽に風太も手を振り返す。
猫っ毛がふわふわと揺れながら部屋へ向かうのを見て、風太ははーっとしゃがみ込んだ。


「…かわいすぎる」

それだけ呟いて、風太は勢いをつけて立ち上がった。



支度といっても薄手のパーカーを羽織り、鞄にある程度の荷物を入れるだけ。
汰絽は直ぐに斜めがけのお気に入りの鞄を担ぎ、リビングへ向かった。
まだ部屋着だった風太は着替えてくるのは遅いだろうと思い、汰絽は自分の手荷物をソファーに座りながら確認する。


「えっと、海、行くみたいだから、タオル、ティッシュ、あと手帳…と財布。これで大丈夫…かな」

いつもの癖で声を出しながら確認してしまい、汰絽は一人赤面した。
それから風太がまだ来ていないことを確認して咳ばらいする。


「たろ、準備できたか?」

「あ、大丈夫です」

風太に声をかけられ、汰絽はさっと立ち上がって笑う。
そんな汰絽に、風太は小さな頭を撫でた。


「駅までバイクだけど大丈夫か?」

「バイク?」

「昨日、杏に借りたんだよ」

「そうなんですか」

「大丈夫だよな?」

「あ、はい」

バイクが大丈夫かどうか確認してから、二人は玄関へ向かった。
エレベーターに乗り込むと、上の階の部屋の住人がいて挨拶を交わす。
乗って居たのは恋人のような距離感の近い二人。
その二人も一階までのようで、ボタンは押さないで済んだ。


「あ、風太さん。むくと話してたようでしたけど、どうしたんですか?」

「ん? …ああ、ほら、出かけたりしたら、むくが電話しても部屋にいないだろ?だから、俺の携番教えといた」

「あ、ありがとうございます」

会話の途中で一階につき先に二人組が降りて、二人もエレベーターから降りた。


「灰色の髪の人も背の高い人も綺麗でしたね」

「ああ、俺もあの人達見るといつも思う。あの、背の高い人、ここのオーナーだぞ」

「え、そうなんですか?」

「おう。汰絽、これ被って」

「はい」

駐車場に向い停めてあるバイクに、風太は鍵をさした。
それから汰絽にヘルメットを渡し、被らせる。
風太は汰絽を抱きあげて、先にバイクに乗せた。


「よし。しっかりつかまってな」

「は、はい」

汰絽の腕が腰に回されるのを確認して、風太はバイクを出した。
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