好きなの?

コンコン、とノックの音でむくは目を覚ました。
ベッドから降りて、扉をあけると風太が挨拶してくる。
それに返事をすれば、風太に先に顔を洗うように言われた。
従って洗面所に向かう前にチラリと部屋を振りかえる。
そこには、優しい顔をした風太が汰絽の頬を撫でる姿があった。





「ふうたはたぁちゃんがすきなの?」

汰絽がまだ眠っている間、風太は朝食の準備をしている時にむくにそう尋ねられた。
好き?それは、どういった意味で?
とは、むくには聞けなかった。
けれど、むくはどうしたのか、不安そうな顔して尋ねてくる。
風太は答えように困りながらも、むくと同じ目線の高さまで腰をおろした。


「どうした?」

「ふうた、むうからたぁちゃんとらない?」

「むくから?」

「うん。たぁちゃんのこと、ひとりじめしない?」

舌ったらずな声が、不安そうで、風太は少しだけむくの気持ちが読み取れた。
風太が汰絽をむくからとるんじゃないか、とむくは不安になっている。
そう思い、むくの頭を撫でながら答える。


「独り占めなんかしない。…汰絽は、むくの大事な人なんだろ?」

「うん…」

「大丈夫だ。…よし、そろそろ汰絽起こしてきな」

「うん。わかった」

むくは無邪気な笑顔を見せると、キッチンから二人の部屋へ走っていく。
それを眺めながら、風太は口元を押さえた。

(…あれを、見られてたか…)

むくが不安そうな表情をしていた理由に、思い当たって風太は思わずため息をついた。

あれは無意識のうちの行動だった。
部屋を覗けばまだ眠っている汰絽がいて、白い頬とか、桜色の唇とか。
ふわふわな蜂蜜色とか、なにもかもが愛おしく見えて、思わず頬を撫でて覗きこんだ。
桜色の唇から洩れる吐息は、甘い香りがして。

風太は自分の唇でその吐息をふさいでしまいそうになった。
けれど、むくの声が聞こえて、自分が何をしようとしていたか気付いて、衝動を抑えることができた。
そんな後暗いようなことがあって、むくにそう問われ、少しだけ自己嫌悪に陥る。


「…風太さん? おはようございます」

「あ、あァ。はよ。…さっさと飯食え」

「朝ごはん、すみません。寝坊しちゃいました」

「いいって。それより、もう時間だろ? 俺も一緒に出るから」

「あ、はい」

汰絽の声が聞こえて動揺しつつも、汰絽に食べるように勧めた。
もう制服とか準備を終えていて、むくも同じように準備を終えている。
むくも、汰絽と同じようにしっかりと躾られてるな、とか思いつつも自分も制服の支度を始めた。







むくを送り届けて、汰絽とも生徒玄関で別れて、風太は屋上へ向かった。
計算して、サボれる分はサボる。
今の時間を含めても、まだサボれるな、と思い来た屋上は貸し切り状態だった。
固いコンクリートに体を預けて、真っ青な空を眺めれば、思いだすのはやはり朝のこと。
汰絽の儚い雰囲気を思い出す。
やけに焦れた思いが胸を燻った。


「…白かったな、肌」

とか、変態的な独り言が零れて、一つ咳ばらいする。
恥ずかしい咳払いの後、ぶふ、と、耐えかねたような笑い声が聞こえてきた。
起き上がるのも、それに応えるのも面倒で、風太は目を瞑った。


「はるのん、誰の肌が白かったの」

「…誰でもいいだろ」

「汰絽ちゃん?」

「…」

「図星だー。何、とうとう一晩明かしちゃった?」

ちげぇよ
と、呟けば、つまんないの、と答えが返ってくる。
その返答に苛ついて、見えている茶色を殴った。
それからポケットに入っている煙草を取り出す。
最近遠慮していたため、ライターなどポケットに入ってはいない。
痛がっている杏のスラックスからライターを掻っ攫い、火をつけた。


「乱暴だなー。で、どうしたのさ。珍しく思い悩んじゃって」

「別に、そうじゃねえよ」

「そうでしょうがー」

「…うぜえ奴だな」

「ま、風太が俺に相談しないのはいつものことだけどさ。思い悩んだ末に強姦なんて笑えないっしょ?」

「そうだな」

「棒読み!! …我慢できなくなったら、相談しろよ? いい子紹介するよー」

「うっせ、ビッチ」

「俺はやられたことはありませんからね!!」

杏の優しさを感じながらも、やけに腹が立ちもう一発頬に食らわせた。
それから久々の煙草を味わう。
ゆっくりと息を吐き出せば、先ほどまでの焦燥感は息を潜めた。
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