3

買い物も終え、食事も終え、三人はリビングでくつろいでいた。
大きなソファーにむくを挟んで左右に二人が座っている。
むくがうとうとし始めたのを見て、風太は汰絽に声をかけた。


「たろ、風呂説明したから大丈夫だよな?」

「はい」

「先、入ってこいよ」

「はい。むく、お風呂はいろ」

「はーい」

風太が手をひらひらと振ったのを見て、むくと手をつないで風呂場へ向かう。
風太から溺れるなよ、と一言貰い、返事をすれば笑い声が聞こえた。


綺麗な浴室は、日本のお風呂場だと思えない内装だった。
説明してもらった時に感じた感じとは全然違って、入る時はすこしだけ緊張する。
むくも同じなのか、ほあーと抜けた声をこぼした。


「猫足バスタブ…すっごいね」

「ねこさんの足なの?」

「似てるでしょ? …頭洗おうか」

「はーい」

「おめめつぶっててね」

たしっと目を小さな手のひらで隠したむくの頭にシャンプーを泡立てた。
とてもいい香りがして、和む。
それからむくにスポンジを渡して、体を洗わせた。


「もこもこー!!」

「もこもこだねぇ。よし、ながそう。ばしゃあー」

「はーいっ、ばしゃあー」

シャワーで泡を流して、浴漕にむくを入れると、むくはもう一度抜けた声を漏らす。
それに笑いながら、汰絽も自分の体を綺麗にした。


「あっつーい。たろちゃん、まあだ?」

「んー。じゃあ、十数えてからあがろうね」

「はーい。いーち、にい、さぁん、」

「たろ、タオルとむくの水、ここに置いとく」

「はい」

風太から告げられて、むくが指を折りながら数えてたのが中断した。
汰絽が三からだよ、と教えると、数えるのを再開して、ほかほかした体を浴槽から上げる。
先に汰絽が上がって、タオルでむくを包んだ。
準備していた着替えを着せて、自分も着替える。


「むく、お水飲んで」

「おみずー」

汰絽から渡された水を飲みながら髪を乾かしてもらう。
リビングに顔を出せば、風太がテレビを見ていた。


「あがりましたー」

「お。お疲れさん。バニラとチョコのアイスあるから取ってきて」

「ありがとうございます。風太さんは何食べますか?」

「んー。バニラ」

「了解です。むくは?」

「むくも風太とおんなじー」

「むく、隣おいで」

むくが風太の隣に座ったのを見て、汰絽はキッチンへ向かった。
来たときは空っぽだった冷蔵庫の冷凍室からアイスを取り出す。
まだまだ冷凍室は広々としていて、汰絽は少しだけ微笑んだ。
アイスも子供用の小さいもので、風太がこれがいい、と言った時は少しだけうれしくなったのを思い出した。


「どうぞ」

むくの隣に座って、二人にアイスを渡す。
汰絽はチョコ味にした。
包装を剥ぎ、冷たいアイスを口に含む。


「湯ざめする前にむく寝かしな。まだ夜は冷えるからな」

「あ、そうですね。じゃあ、アイス食べたら歯磨きして寝よっか」

「はーい」




アイスを食べ終えむくが眠ってから、汰絽はリビングに戻った。
風太も風呂に入ったのか、髪から水が垂れている。
右肩にかかったタオルで右肩は濡れていないが、左肩は少しだけ濡れていた。


「髪、痛んじゃいますよ?」

「んー? 乾かしてよ」

「タオル借ります」

風太の言葉に汰絽はかかっていたタオルを取り、風太の髪に触れた。
それから、むくにするように、わしゃわしゃと拭く。


「まじか」

「はい?」

「いや、なんかほんとにしてくれると思わなかった。ありがとう」

「え、冗談だったんですか? どういたしまして」

「そうじゃないけどさ」

風太が言いかねていると思い、汰絽はそれ以上追及しない。
そろそろいいかな、と思い、タオルドライをやめた。


「ありがとな。…まだ慣れないと思うけどさ、ばあちゃんん家みたいに思えよ」

「…はい、できれば、そうしたいと思ってます」

「遠慮しなくていいからさ」

「風太さん」

「ん?」

ありがとう
汰絽はとすん、と隣に座って、小さな声で真っ赤になりながら礼を言った。
今まで他人行儀のように感じていた敬語を抜かして。
風太はそれが奇跡のようにさえ感じた。
まだ付き合いは短い。
けれど、汰絽は確実に風太に気を許してくれた。
そんな気さえした。




お見舞いとお引越し end
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