マンション
風が吹く病室へ入ると、風斗がにこにこと笑っていた。
むくが一番に風斗に駆け寄り、ベッドによじ登る。
風斗は嬉しそうにむくを抱きしめた。
「久し振り」
「ふふー、ね、かざと、むくおっきくなった?」
「どうかなぁ。あ、ほんとだ。ちょっとだけおおきくなったかな?」
「ふふー!!」
風斗が手招きしたのをみて、汰絽と風太がベッドへ近づく。
むくはテレビ側に腰かけ、風斗に甘えながらテレビを眺める。
汰絽は風太が出してくれたイスに腰をかけた。
「今日は引っ越しかい?」
「はい」
「忙しくなるね。だいじょうぶ?」
「だいじょうぶですよ」
汰絽の嬉しそうな顔に、風斗が声をあげ笑う。
風太も同じように笑い、むくがなにごとかときょときょとした。
それがおかしくて、このほわほわとした空間が、汰絽は嬉しい。
「…早く、元気になってくださいね」
「うん。汰絽君のご飯、病院食なんかより断然おいしいからね」
「そんなことないですよー」
「はは…。風太、ちゃんと家事を手伝うんだよ」
「あー。気が向いたら」
「お前、もっとしっかりなさいな」
「…うるせー」
風太が拗ねるようにそう言って、静寂が訪れた。
心地よい静けさに、汰絽は窓に目を向ける。
きれいな青空。
他愛のない会話を何度かかわして、三人は部屋を後にした。
夏翔の車に揺られて、マンションへ向かう。
家の鍵や書類などはすでに、本家に渡してある。
なんとなく胸が高鳴るのをかんじて、膝のうえで眠るむくの髪を梳いた。
可愛いらしい寝息に小さく笑えば、肩が重くなる。
「…風太、さん?」
小さく呼ぶが返事が返ってこず、汰絽はそっと隣を見る。
隣から気持ちよさげな寝息がきこえてきた。
「…い、いが、いがわさぁ…」
「お、なんか面白っ。…写メ写メ」
赤信号で車が停まり夏翔に助けを求めると、夏翔は面白そうに携帯を構える。
それからパシャパシャと何枚か写真を撮った。
青になったのを確認し、車をまた走らせる。
困り果てた汰絽なんか、まったくのスルーだった。
「…助けてー」
「無理無理。てかなー、風太疲れてるみたいだからさー。寝かしてやって」
「…しょ、しょうがないですね」
「つんでれめ。もうじき着くからさ」
夏翔の助けが得ることができなかった汰絽は、仕方がない、とあきらめた。
それから、二つの寝息を聞きながら、窓を眺める。
夏翔も汰絽も、二人を起こさないように、静かになった。
「汰絽ちゃん、二人、起こしてくれ。ついたぞ」
「…着いたって…、ここですかっ」
「そうだぞ。広いよなー」
「…ひろ、広いっていうか、ここって、高級マンションじゃないですか」
「…汰絽でも知ってるのな。風太の部屋は上から数えて二番目だぞ」
「まじか」
「おお、キャラが違うだろ」
「…いや、スゴイデスネー」
汰絽が呆気にとられるのと、驚きのおかげで混乱していると一つ寝息が止まった。
はっと、膝をみれば、むくがもぞもぞと動いて起きあがる。
風太は起きる気配すらない。
そのかわり、起きたむくは夏翔に抱っこされて車から降りた。
エントランスの脇にある駐車場に車は停められていて、先に降りたむくは夏翔にぐるぐるとまわして遊んでもらいはじめている。
「近くの公園で遊んでくるから、二人で部屋に荷物運んだりしな。あと、これ。車の鍵な」
「はい。すみません」
「別に、かまわねえよ。よし。むく行くぞー」
「わーい!! 肩車してー」
「おう」
「汰絽ちゃんいってきます!!」
「行ってらっしゃい」
夏翔がそう告げむくを肩車したのを眺めた。
それから、夏翔とむくが公園に向かう。
起きる気配をまったく見せない風太に、変に感心しながらも頭をぽんぽんと撫でた。
さらさらな白い髪が触り心地が良い。
「風太さん、おきてくださいな」
囁くような小さな声が風太に聞こえたのか、風太が動いた。
風太の体重が汰絽にかかり、重さに堪えきれずシートの上に倒れる。
「ん、わっ」
風太に押し倒されるような格好になり、顔を赤くする。
温かい体温に、温かい吐息が首筋にかかり、身じろぐ。
身じろいでも、風太の重さは汰絽の力ではまったく何も出来ない。
首筋がくすぐったくて、それでいて何となく気持ちが良い。
思わず可笑しな吐息が漏れた。
「…ひぁっ」
「…ん。…は、え?」
「ん、どいて、ください」
「わ、悪い。…起きれるか?」
「…はい」
汰絽は目を覚ました風太に手を取られ、起きあがる。
風太は呆気にとられながら汰絽にえ?、ともう一回聞き返す。
汰絽は汰絽で顔を茹でたタコのように真っ赤にしながら、風太を遠ざけようと手を胸に当てて突っ張った。
「…俺、なんかしたか」
「…何も、ただ、倒れちゃって」
「なんだ。それだけか…。よし、荷物運ぼう。うん」
「…は、はい」
風太の耳が赤くなっているのが見えて、汰絽はもう一度顔が赤くなるのを感じる。
それから風太が車を降り後部座席から荷物を下ろすため、車から下りた。
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