土曜日

あれから、風太と汰絽は一回も顔を合わせることがなかった。
汰絽のクラスの用事、(風太はただのサボリ)があったため。
その代り、何度か電話でやり取りをした。

他愛のないものから、これからのこと。
汰絽はその電話の度、自分がドキドキしていることに気づいた。
それにはむくも気づいていたようで、電話が来るたびに汰絽に嬉しそうに笑って抱きついてきている。

今も同じように、むくが抱きついてきている。


「はい。もともと、荷物少ないので大丈夫です」

『そうか。ベッドはどうする?空き部屋が二部屋あるから、そのどっちかでいいよな』

「べっど…ですか?」

『むくはまだ一人で寝れないだろ?だから、汰絽と一緒で構わないと思ったんだけど』

「あ、はい、大丈夫です」

『了解。デカイ家具とかはどうする?』

「本家の方が家ごと引き取ってくれるそうです。なので、荷物はほんと衣類品とかだけですから…」

『おー、わかった。じゃあ、明日九時頃にショウと行くから』

「はい。…じゃあ、」

『…おう。明日な』

また、明日。と呟いて、風太が電話を切るのを待つ。
すぐに切れて、汰絽はふ、と息をついた。
むくはその様子にきゅっと汰絽にしがみつく。


「たぁちゃん?」

「ん? どうしたの?」

「んーん。明日はおひっこし?」

「そうだよ」

「ふふー、楽しみ!!」

「うん、そうだね。むく、お風呂入ろう」

「はーい!!」

むくがはしゃぐ様子を眺め、明日のことを考える。
引っ越し、か。
と、小さく呟いて、風呂場に向かうむくを追いかけた。










「たぁちゃん、おはよー!!」

「ん、むく?」

「お・は・よー!!」

「んう…、おはよ」

朝、眩しさに目を開けば、むくが満面の笑みを浮べて、汰絽の上に乗っかっている。
むくを抱いて起きあがれば、嬉しそうに挨拶をくれる。
それに返事をしながら汰絽は布団を片してから、キッチンへ二人で向かう。


「むく、お皿いい?」

「うん!! いーよ!!」

むくが出した皿にパンとスクランブルエッグを乗せ、カリカリに焼いたベーコンを乗せる。
二人で食べる朝食はこれで最後だね、と会話しながら食事を終え、食器を片づけた。
それから身支度を整え、風太が来る時間まで、とテレビをつける。


「むく、これから二人ぼっちじゃなくなるね」

「うん。たぁちゃんと二人もすきだけど、みんな一緒がいいね」

「うん。むく、だいすきだよ」

「むくもたぁちゃん、だいすき」

「ありがと」

むくがえへへ、と笑うのをみて、汰絽はむくを抱きしめた。
チャイムが鳴り、移動させる荷物を引き摺りながら出迎えると、風太がひらひらと手を振っている。
それに挨拶すれば、風太が汰絽から荷物を取り上げた。


「あ、いいですよ、車までですし」

「んー?」

「あ、あの、荷物」

「はい。乗った乗った」

「風太、力持ちー」

荷物を片手にむくを抱きあげた風太を見て、ぽかん、としながら風太を追いかける。
手を荷物に伸ばそうとすると、ひょいっと荷物が遠のいた。


「おもくないんですか?」

「あー? こんなの軽いって。早く乗れよ」

「…はい」

風太にうながされ、車に乗りこめば、夏翔がにやにやと笑いながら手を振ってきた。
それに応えるように手を振って挨拶すれば、夏翔はむくにお菓子を与える。
汰絽にもチョコレートを投げると、荷物を一番後に乗せた風太がそれをキャッチした。


「あ、それ、僕の…っ!!」

「もーらい」

「ああぁ!! ひどいっ」

「もういっこあるから、ほら」

風太はそういうと、めそっとした汰絽に、チョコレートを見せる。
包装紙を剥ぎ、汰絽の口に放りこむ。
むぐ、と音を立て、それを食べる汰絽は、餌付けされてる雛にみえる。
その様子に風太は笑いながら、夏翔に車をだすように告げた。
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