むくとお話

「汰絽君、むく君、ありがとね」

「いえ、会えてよかったです」

「むうもかざとと会えてよかった!」

むくの答えに、風斗は嬉しそうな表情をした。
その様子を、風太は眺めて目を瞑る。
嬉しそうに笑う風斗に、なんだか風太は安心した。
そんな風太に気づいていたのか、風斗は風太を見て穏やかに微笑む。


「たろ、むく、そろそろ…」

「はい、風斗さん、また来ますね」

「うん、また来てね」

「はい、むくも」

「またくるね」

風斗は汰絽とむくの頭を撫でた。
心地よさそうに笑ったむくに、風斗も笑いバイバイ、と手をふる。
風太に背中を押されて汰絽は病室を出た。
エレベーターに乗り、玄関に行けば風太が電話する。
その声を聞きながら、汰絽はむくに視線を合わせた。


「むーく」

名前を呼んで頭を撫でれば、むくは嬉しそうに汰絽にきゅっと抱きついた。
その温かさに、汰絽は安心する。
むくを抱き上げて汰絽はほっと息をついた。


「たーちゃんっ」

きゃあきゃあとはしゃぐむくに汰絽は小さな体を強く抱きしめた。
むくもそれに答えるように抱き締める力を強めて、その様子を見ていた風太は思わず笑ってしまう。

夏翔に連絡がついて3人は病院を後にした。
すぐに車が来て車に乗りこむ。


「お帰り」

「おう」

「このまま汰絽ちゃんの家に行けばいいんだろ?」

「ああ。たろ、どこか寄りたいところあるか?」

「いえ、特には」

「わかった」

車が発進して、車内がしんとした。
その静けさに、むくはうとうととしだして、汰絽はむくに膝を貸す。
膝に頭を乗せ、ふわふわの髪を撫でると、むくは目を瞑った。
眠っているむくの寝息だけが聞こえる静けさの中。
汰絽は風太に礼を伝えようと、風太に視線を移す。


「春野先輩」

「ん?」

「ありがとうございました」

「…いや、こちらこそ」

風太の言葉に汰絽は小さく笑った。
その笑みは、はにかむような可愛らしいもの。
そんな汰絽を見て、風太は先ほど涙を流した汰絽を思い出す。
だいぶ回復したんだな、と思い、風太は安心した。


「今夜、むくと話してみますね」

「がんばれよ」

「はい」

また訪れた沈黙に、汰絽は目を瞑る。
車の振動に眠気が誘われて、意識が遠退くのを感じた。






「ろ、たろ、ついたぞ」

「…ん、あ…はい」

「携帯番号、書いておいたから。何かあったら電話しろ」

「ありがとうございます」

風太に渡された紙を見て、汰絽は小さく頷いた。
先に車から降りて、汰絽はむくを車からおろす。
抱きあげられたむくは、まだ少し寝むそうで、目をこすっていた。


「ふうた、かしょーさん、ばいばい」

「じゃあな、むく」

「ばいばい」

「春野先輩、井川さん。ありがとうございました」

礼を伝えて家に入れば、車が発進する音が聞こえた。
むくと昼食をとって、リビングでゴロゴロとした。
話さなきゃ、と思うが、むくの笑顔が嬉しそうでなかなか話せない。
汰絽はむくに気づかれないように、そっとため息を吐いた。
テレビをつけて、教育番組にチャンネルを合わせる。
むくの好きな番組がやっていて、むくは楽しそうに踊りだした。


「上手だよ」

「えへへーっ。ようちえんでおどったんだよー」

「そうなの?良かったね」

楽しそうに踊るむくに、汰絽は嬉しくなった。
むくの楽しそうな表情は、汰絽の一番好きな表情。
手を叩いてリズムをとれば、家の中がいっきに明るくなる。
踊り終わったむくは、きゅっと汰絽に抱きついてきて、そのまま二人はカーペットの上に倒れ込んだ。


「たろちゃん、むくね」

「ん?どうしたの?」

「たろちゃんが大好きなの」

「むく?」

「だから、笑ってて」

むくが汰絽の胸に顔を押し付けて、そう呟いた。
その言葉に、汰絽はそっとむくの頭を撫でる。
愛おしい、と、思う気持ちがぶわっと広がって、汰絽の心を温めた。


「むく、あのね」

「なあに」

「むくは、家族がほしい?」

目頭が熱くなるのを感じながら、聞いた声はいつになく力が籠った。
なにも、泣きながら、話すことじゃない。
そう思って、汰絽は小さく息をつめた。
それから、むくの不思議そうな表情を見つめる。


「かぞく…?」

「二人ぼっちじゃなくって、たろだけじゃなくって、暖かい家でみんなで過ごすの」

「みんな…?」

「たろはね、むくが選んでほしいの。たろはむくが一番だから」

小さく呟かれた言葉は、むくにも届いた。


「むくは、たろちゃんと一緒なら、ぜんぶいいよ」

「…むく」

「あのね、でもね、家族になる人が、むくのだいすきな人なら、それもうれしい」

「そう…」

むくの言葉に、汰絽は風太を思い出した。
それから、むくを抱きしめる腕に力を入れる。


「むく、あのね。もし、春野先輩と一緒に暮らすことになったら、嬉しい?」

「風太と…?」

「うん」

「う、嬉しいよっ!!」

汰絽がきいたことに、むくは嬉しそうに顔を上げた。
目があって、むくが笑いかけてくる。
その笑顔に、汰絽も思わず笑みを漏らした。
汰絽が笑ったこともうれしいのか、むくは笑い声をこぼす。


「もしそうなったら、このお家を出て行かなくっちゃいけないんだけど、それでも良い?」

「…お家…、」

「うん。けれど、思い出が詰まったものは持っていくよ」

「それなら、大丈夫だね」

むくがにっこり笑って、汰絽は安心した。
自分が思っていたほど、むくは子供じゃなくって、ちゃんと、自分の気持ちを伝えてくれる。
汰絽はむくを抱きしめる腕の力をゆるめて、起きあがった。
むくも、汰絽の上から降りて、汰絽の手を握り締める。
その、小さな手に、汰絽は愛おしさを感じた。
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