風太の話

廊下に出て風太は壁に寄りかかった。
汰絽もすぐに隣に来て同じように寄りかかる。


「たろ」

「はい」

「すごい顔してる」

「もともとすごい顔です」

「もとはもっと可愛いぞ」

風太の言葉に、汰絽は勢いよく顔を赤くした。
視線がふよふよと定まらず、風太はその様子に思わず笑う。
それから、真剣な顔をして、口を開いた。


「むくが不安そうな顔してた」

「むくが?」

「おう。お前が呼びに来た時、ひどい顔してたから、不安がってた」

「…心配掛けてしまいました」

汰絽がしゅん、とするのを見て、風太はため息を吐く。
それから、汰絽の頭をこつん、と叩いた。


「いたっ」

「…前も言ったけどな、お前はまだ高校生なんだよ」

「それは、わかってます」

「心配掛けた、とかじゃなくて、一緒に悩めばいいだろ。むくと、二人で」

「むくにはまだ早いと思って」

「そうだろうけどさ…。ああもう、お前頭いいんだから分かれよ!」

「分からないものはわからないです!!」

風太が急に大きな声を出したから、汰絽まで驚いて大きな声を出してしまう。
通りすがりの看護師さんに注意をされて、二人は同時に黙った。
先に口を開いたのは、風太。


「…不安なこととか、悲しいことがあったら、隠そうとしないで言えよ」

「誰にですか」

「俺とか」

「…春野先輩にですか?」

「おう。っていうか、お前にはダチがいんだろ」

「…よし君には話せません。これは、僕の話なんです」

「だーから! そうやって隠すから、むくが不安がるんだろ」

「…隠してないと、やってけないんですよ…」

しゅん、と眉を下げた汰絽が、そう言った。
風太はその表情を見て、思いだす。
両親がいなくなってから、不安とかを吐き出す場所がなくなったことを。


「悪い…」

風太は今にも泣き出しそうな表情をした汰絽の頭をそっと撫でた。
小さく震えている蜂蜜色を優しく撫でる。


「そうだよな、言える場所がなかったんだもんな」

風太の優しい言葉に、小さく嗚咽を漏らした。
それからごしごしと目をこする。
目をこする手を、風太は握って止めた。


「こすると跡になるぞ…」

そう言って、頬を押さえて親指で涙をぬぐった。
汰絽のぐずぐずと鼻をすする音を聞いて、風太は小さく笑う。
それからそっと汰絽の頬を撫でた。


「俺が聞くから」

「…甘えたら、弱くなる」

「構わない。全部受け止めてやるよ」

「……一人になるのが、怖いんです」

「一緒にいてやる」

「…約束?」

「おう。指きりするか?」

「…はい」

風太が小指を差し出すのを見て、汰絽も小指を差し出した。
絡み合った小指が何度か上下に振られ、離される。
汰絽はその小指を見て、笑みをこぼした。


「…お前が、ひどい顔してた理由聞いていいか?」

「…はい」

「封筒の中身の話だよな」

風太の言葉に、汰絽は小さく頷く。
それを見て、風太は汰絽が何を悩んでいるのか、ある程度理解した。


「お前はどう思ってんの?」

「…僕とむくにとっては、すごい、ありがたい話だと思っています…けど…」

風太にそう伝えれば、風太はそうか、と答える。
それから考えるようなそぶりを見せた。
少し時間が経ってから、風太は口を開いた。


「けど?」

「けど…、風斗さんや、春野先輩に、迷惑なんじゃないかって」

「迷惑?」

「…はい。だって、他人ですよ」

「他人なぁ…。俺的には、お前とはもう他人じゃないんですけど」

「…? 知り合いですか?」

風太が苦笑したのを見て、汰絽は首をかしげた。


「まあ、いったんこの話は置いといていいか?」

「構いません」

「昨日さ、俺が一人暮らしてるのは何でって聞いただろ?」

「はい」

「それについてな」

風太はそう言って、一度口を閉じる。
それから、数秒してからもう一度話し始めた。


「俺の母親な、若い男と浮気しててさ」

「うわき…ですか?」

「おう。まあ、俺としてはさ、それについてはどうでも良かったんだよ」

「離婚…されたんですか?」

「いや、まだしてない」

「どうして…」

汰絽の問いかけに風太はさあ、と、呟いた。
一瞬の沈黙の後に、また口を開く。


「自宅はさ、母親がいるだろ。親父の荷物とかも若干あるんだけど。病院から出れなさそうだしな。まあ、それは置いといて」

「…」

「母親は、俺のことが嫌いだったわけ。俺も母親が嫌いだった」

「…嫌い…」

「嫌いなもんは嫌いだから、気にするな」

「そうですか…」

「親父が入院する時、俺も家にいるのが耐えきれないから一緒に出て行って、マンションに移ったんだよ」

「…」

「深刻に考えるなよ? これは俺の意思だからな」

風太はそう言ってから、汰絽の頭を撫でた。
それから風太はニカっと笑う。


「多分、自宅の親父の荷物はもうなくなってるんだろうな。徐々に俺のマンションに届けられてるし」

「…そんな、」

「ん? …あーあ、泣きそうな顔して…。そんな深刻な話じゃねえんだ。泣くな」

また泣きだしてしまいそうな汰絽の頬を、風太は笑いながら両手で挟んだ。
それからそっと頬を撫でる。
柔らかさを感じて、思わずむにむにとつねった。


「いひゃい」

「そうか」

「いひゃいひぇす」

「ぶさかわ」

「…ぶひゃひゃわひょはふへひふはい」

「ん? ぶさかわとかうれしくない?」

ひゃいひゃい言う汰絽に、笑いながら風太は頬を離した。
それから、風太はもう一度頬を撫でる。


「…飯を作るのがめんどくさくてさ、毎日コンビニか外食だったんだよ。だから、汰絽が家に来てくれれば、俺としては助かる」

「…でも…」

「むしろ、ありがたい。自分で作らなくていいとか。あ、もし家に来ることになったら、マンションで三人暮しになるぞ」

「三人…」

汰絽はそう呟いて、考え込む。
それから顔を上げて、小さな声で呟いた。


「むくと、相談します」

「…おう、そうしな。やっと意味がわかったみたいだな」

「はい」

「じゃあ、戻るか」

「はい」

風太が先に部屋に入って、次に汰路が部屋に入った。
テレビを見ている二人はとても楽しそうで、汰絽はほっとする。


「たぁちゃん」

ふと振り返ったむくが不安そうな顔をしたから、汰絽は精一杯の笑顔を見せて安心させようとした。
そのことがわかったのか、むくもふわっと笑って、またテレビのほうへ視線を戻す。


「ほら、不安な顔しただろ?」

「…そうですね…。なんだか先輩にやきもちです」

「なんでだ」

「だって、…いえ、なんでもないです」

そう言ってくすくすと笑った汰絽に風太は首をかしげるだけだった。
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