急な話だけど…

「汰絽君?」

帰ってきた声は元気そうで、照れて汰絽の後ろに隠れていたむくが出てきた。


「かざと」

「あ、むくくんも」

「むくもきたよ」

「そうか、元気そうだね」

「うん、むくもたぁちゃんも元気だよ」

むくがふんっと胸を張るのを見て、風斗は嬉しそうに笑った。
それから、二人にこっちにおいでと伝える。


「こんな姿で会うことになってごめんね」

と、汰絽に伝えれば、汰絽はこくこくと頷いた。
むくはベッドに手を乗せて風斗のそばに寄る。
それから風斗の手を取り、握りしめた。
細く、骨ばった大きな手が、むくの小さな手に答えるように握り締められる。


「むく、毎日ちゃんと、ようちえんいってるよ」

「えらいね、汰絽君のお弁当は美味しいかい?」

「うん。すっごいおいしいよ」

「そうか、よかったね。うらやましいなぁ」

むくがにこにこと笑うから、汰絽も思わず小さく笑った。
それにつられて、風斗も笑う。
風太もいつもと違った穏やかな顔をして、その様子を眺めている。
久しぶりの父の穏やかな表情を見れた気がして、風太は一息ついた。


「汰絽君は学校はどう?」

「楽しいです」

「勉強はどう? きっと汰絽君のことだから、首席とかとってるのかな?」

「勉強、がんばってます。けど、今回は首席取れませんでした」

「そっか。次回に期待だね」

「はい。がんばります」

汰絽の答えに風斗は頑張って、と答えた。
それから、風太に目配せをする。


「むく、向こうに庭があるから、遊んでこよう」

「…、たぁちゃんは?」

「たろは風斗さんと話があるから、むく、春野先輩と一緒に遊んでおいで」

「わかった」

風太と手をつないだむくは聞き分け良く、部屋を後にした。
その様子を眺め、風斗は目を伏せる。

汰絽は静かにその様子を眺めていた。
風斗の金色の髪を見て、それから顔立ちをよく見る。
良く見れば風太とそっくりなところがたくさんあった。
たとえば、すっと通った鼻立ちや、切れ長の青い瞳、形のいい唇。
汰絽は風太の一つ一つのパーツを想像してみた。


「ないと思うけど、風太に、いやなことされてない?」

「されてませんよ。春野先輩は、すごく優しいです」

「そう。良かった。…急に連れてこられてびっくりした?」

「いえ。あの、…風斗さんが来なくなってから、むくの物わかりが急に良くなったんです。元から良かったのに拍車がかかって。それで、不安になってて…」

「そうだね。さっき見ていてわかったよ。…悪いことしたなぁ」

そう言って、風斗は窓の外を見た。
汰絽も同じように窓の外を見れば、青空が広がっている。
きらきらと、太陽の光が輝いていた。


「あ…、汰絽君、ごめん。風太の荷物取ってくれる?」

「あ、はい」

風斗の頼みに汰絽はすぐに動いて、風太が持ってきた鞄を取った。
それから風斗に手渡す。
風斗は受け取った風太の鞄の中から、封筒を取り出した。
その封筒を開けてみてから、汰絽のほうに視線を寄せる。


「すごく急な話をしてもいいかい?」

「はい。かまいませんよ」

「アンリさんからね、頼まれていたことがあって。風太から聞いたかな?」

「…僕と、むくの保護者になってほしい、…とのことですか?」

「簡単に言えば、ね」

風斗が笑ったのを見て、汰絽はほっと息をついた。
それから風斗が封筒を大事そうに持っているのを眺める。


「本当に、急で悪いんだけど…」

「…なんですか?」

「養子縁組を組まないか、と思って…」

「よ、ようしえんぐみ…」

「そう。書類はもうそろっているんだ」

「その、それって…」

「家族にならない? ってことかな?」

汰絽がぽかん、と口を開くのを見て、風斗は笑ってしまった。
笑われた汰絽は顔を真っ赤にして俯く。
その様子に、風斗は咳ばらいをして、話を元に戻す。


「これから先、いろいろ大事なことにかかわるから、ゆっくり考えて」

「…はい」

「1つ。こんな事を言うのはずるいと思うけど、経済面でも負担ができるからこう、話を持ちかけているんだよ」

「ありがとうございます。その、…期間はあるんですか?」

「んー、許可書を貰ったのが今日だから、今日から十日以内に」

「はい、わかりました」

「よく考えて、汰絽君の答えなら、なんでも受け入れるから」

「…ありがとうございます」

汰絽が俯くのを見て、風斗は微笑んだ。
それから、封筒をそっとテーブルの上に置く。


「汰絽君、風太とむく君を呼んできてくれる?」

「…はい」

汰絽は俯いたまま、部屋を出た。
その後姿を見てから風斗は窓の外に視線を移して、息を吐く。

(急すぎて、早まらなければいいけど…)



汰絽は途中、看護師さんに道を聞いて、風太とむくが居る庭にたどり着いた。
そこは屋上庭園になっていて、むくのきゃあきゃあと嬉しそうな声が聞こえてくる。
その声を頼りに進めば、風太とむくが遊んでいた。


「たぁちゃん!」

「むく…」

駆け寄ってきたむくをそっと抱きしめた。
抱きしめられたむくは、ぽかん、として、それでも汰絽を抱きしめ返す。
ゆっくりとこちらに来た風太は、汰絽の頭を撫でた。


「どうした?」

「いえ…、話しが終わったので」

「…たろ、後でな」

「…はい。むく、おててつなごう」

「うん!」

汰絽の声に、むくが笑顔で手を握ってきた。
それから三人で風斗の病室へ戻る。
部屋に戻ったら、風斗がテレビを見ながら大丈夫かと、心配するくらい笑っていた。


「親父」

「おう、戻ってきたね」

「かざと」

むくは風斗のベッドに駆け寄り、よじ登った。
それからぽすん、と風斗の足に頭を乗せる。
にこっと満面の笑みを浮かべたむくに、風斗も満面の笑みを返した。


「むく君は、笑顔が上手だね」

「うん! むくが笑うとねたぁちゃんも笑ってくれるから、笑顔が上手になったの」

「そうなの? それはかっこいいね」

「えへへ、むくカッコイイ?」

「うん。かっこいいよ」

「うれしいっ」

むくが嬉しそうにはしゃぐのを見て、汰絽は顔を伏せた。
先ほどの風斗の話を思い出す。
養子縁組のことは、汰絽やむくにとっては悪い話ではない。
そのことを考えているのがわかったのか、風太が汰絽に声をかけた。


「…たろ、ちょっと」

その言葉を伝えて、指で廊下を示す。
汰絽は小さく頷いて、その指示に従った。
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