風の吹く部屋
日曜の朝、なんだか良くない天気で、今すぐにでも雨が降りそうだった。
寝起きのむくもぐずぐずと泣きだして、汰絽も気分が優れない。
朝食を食べて、服を着替えてもむくはぐずぐずとしていた。
「どうしたの?」
「あめいやー」
「そうだね、雨やだね」
「たぁちゃん、ぎゅってして」
「うん」
ぎゅってして、というむくを、汰絽はぎゅっと抱きしめた。
すると、少しは落ち着いたのか、鼻をすする音が小さくなっていく。
「おほしさまのうた、うたって」
「きーらきらひーかるー…おそらのほしよー…、まーばたきしてはー…」
小さな声で、そっと歌ってあげれば、むくがようやく泣きやんだ。
時計を見ればもう十時近く。汰絽はむくを抱き上げたまま玄関へ向かった。
汰絽が玄関を出たとき、風太が大きくて高級そうな黒い車から降りてきた。
むくと二人でぽかん、とその様子を見ていたら、風太が笑ってくる。
「はよ」
「おはよ、ふうた」
「おはようございます」
「なんだ、むく泣いたのか」
「泣いてないよう」
「そうかあ? 目が兎みたいになってるぞ」
風太がわしゃわしゃとむくの頭を撫でた。
むくは少し元気が出たのか、やめてーと笑う。
汰絽もそれに一安心して、車を見た。
「あの車…」
「ん? ああ、運転してるのは、あー…俺の…あー」
言葉を濁し始めた風太に、汰絽ははっとひらめいたように手を打った。
それからニッコリ笑顔で答える。
「不良さんのお友達ですか?」
「ま、まあ…いや。一応先輩だ」
「あ、そうですよね。お友達でしたら、免許持っていませんもんね」
「おう。むく、こっち来るか?」
「いやぁ、たぁちゃんがいい」
むくの言葉に少し風太が落ち込みながらも、3人は車に向かった。
後部に乗りこめば、広くて3人が楽に座れる。
運転席に乗っている人は鼻歌を歌いながら、コンビニの袋からジュースを出していた。
「お、風太、戻ったか」
「…あんまり飛ばすなよ」
「わかってるって」
風太の言葉に運転席の人は、笑いながら答えた。
それから風太の隣に座る汰絽とむくに気付いてニカっと笑う。
「お、可愛いのが二人。あ、俺は井川夏翔。風太の先輩な。お二人さん、名前は?」
「六十里汰絽です」
「つ、ついひじむく…」
「犬…? そっちはむくな」
「たろうじゃないですよ。たろですよー」
「汰絽な」
夏翔が軽快に笑うから、汰絽とむくも呆気にとられた。
むくはむくで、呆気に取られ過ぎて普段の明るさが出てこない。
風太は苦笑いしながら、むくの頭を撫でた。
「風太、病院まででいいんだよな」
「ああ。頼む」
「お前さあ、たまには敬語使ってくれよー」
「慣れってもんは恐ろしいな」
「何悟ってんだよ。汰絽ちゃんはこんなになるなよー」
「はい?」
「ショウ、たろに吹き込むな」
「はいはい、わかったって」
夏翔がはいはい、と返事をして、車を出した。
「むく、ほら」
風太がそう言って、むくに差出したのは色取り戦隊カラフルレンジャーの玩具。
むくの瞳が輝いて、嬉しそうな声が弾んだ。
大好きなカラフルレンジャーを前にして、喜びがはじける。
「くれるの?」
「おう」
「ふうた、ありがとお!」
「どういたしまして」
「春野先輩、ありがとうございます」
むくがきゃあきゃあと嬉しそうに包装紙を開ける。
その様子に汰絽が風太に礼を言い、むくの頭を撫でた。
「むく、良かったね」
「うん! ふうた、大好き」
「そうか。俺も好きだぞ」
風太の言葉に、運転席から笑い声が上がった。
「風太からそんな言葉が出るとはなあ」
「前見て運転しろよ」
「見てるって。デレデレしやがって」
「あんたは親父化したな」
風太の最後の言葉で夏翔は押し黙った。
その沈黙で、勝利を確信したのか風太が不敵な笑みを浮かべる。
「あ、忘れてた。風太、助手席から袋取れよ」
「おう」
「汰絽ちゃん、それ、飲みもん」
「あ、ありがとうございます」
風太が汰絽に袋を渡し、中から選ばせる。
むくはオレンジジュースを選び、汰絽はリンゴジュースを選んだ。
「退屈しないようにって、風太が選んだんだよ」
「そうなんですか?」
「おう。飲み物の場所で三十分も立ってやがった」
「そんなに…」
「三十分じゃねえよ! 二十五分だ!」
「そんな変わらない…」
夏翔の言葉に汰絽が笑うのを見て、風太も笑った。
むくは汰絽の膝の上で、カラフルレンジャーに夢中になっている。
だいぶ車を走らせて、ようやく病院が見えてきた。
「はい、つきましたよー。じゃあ、そこらで待ってるから帰るとき、連絡しろよ」
「了解。よし、たろ、むく行くぞ」
「はい。井川さん、ありがとうございました」
「うん」
「いってらー」
夏翔に礼を伝えてから、風太の後を追う。
病院は大きめで、何となくお金持ちが来そうな感じだ。
むくの手を握りながら、汰絽はきょろきょろとしていた。
「たろ、きょろきょろしてる」
「へ? あ、すみません」
「病院あまり来ないのか?」
「はい。あまり行かないですし、こんな大きなところ来たの初めてなので」
「そうか」
風太が苦笑したのを聞いて汰絽は少しだけ頬を染めた。
それから、エレベーターに乗って、風斗のいる階に向かう。
エレベーターに乗ってる途中、むくが汰絽の足に掴まった。
「どうしたの?」
「エレベーターおっかない」
「そうだね。エレベーター、こわいね」
むくの頭を撫でていると、すぐにエレベーターはついた。
部屋へ向かう途中、看護師さんたちがむくに手を振っている。
むくは看護師さんたちに笑顔と手を振り返した。
風斗の部屋に着いたら、名前のところを見て汰絽が声を上げる。
「個室ですか」
「まあな」
「すごい」
「そうか? …とりあえず、入るぞ」
風太について部屋に入ったら、丁度、ぶわっと汰絽たちに風が当たった。
目の前の白い髪が風に揺れるのを見て、綺麗だと思う。
それから真っ白なベッドを見た。
そこには、前より痩せこけた姿の男がいる。
「風斗さん…」
汰絽の小さな声が風にかき消されそうになりながら部屋に響いた。
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