また明日、

家についてリビングに昼寝布団を敷いたら、むくと結之はすぐに寝ついた。
寝顔が可愛らしい二人が起きないように、優しく頭を撫でてからソファーに座った。


「ぐっすりだな」

「そうですね。夜、ちゃんと寝つければいいんですが」

「大丈夫だろ」

「多分…」

「お前は、寝れるの?」

「大丈夫ですよ?」

「そうか」

風太が真剣な顔で伝えてくるため、汰絽は思わず真面目に切り返してしまった。
それに風太が笑って、汰絽は頬を染めた。
からかわれたことに気づき、はあ、とため息を吐く。


「ゆうちゃんが帰るとき、先輩も帰りますか?」

「おう」

「そうですか。早いですが、お世話になりました」

「こちらこそ」

汰絽が丁寧に頭を下げたため、風太も頭を下げた。
それからどちらともなく笑う。


「たろ」

「はい」

「お前さ、無理すんなよ」

「え?」

風太の言葉に、汰絽は茫然とした。
無理をしているつもりはないのだ。
けれど、風太の言葉はなぜか、胸にストン、と落ちた。


「気づいてないかもしれないけど、お前、時々寂しそうな顔してる」

「さみしそう…ですか?」

「時々な。偉そうなことは言えねぇけど、お前だって、まだ高校生なんだよ」

「…けど…」

「わかってる。むくにはお前しかいないってことも。けど、ほら、お前のダチだって、俺だって頼れるだろうから、頼れる時には頼れよ」

「…ありがとうございます」

一瞬だけ、汰絽の顔が泣きそうになった。
けれどその表情はすぐ元にもどり、嬉しそうな笑みに変わる。
風太はそれに満足して、汰絽の頭を撫でた。


「先輩って、なんだか僕の知ってる人にそっくりです」

「知ってる人?」

「はい…。そういえば、その人も、苗字が春野、でしたよ」

「へえ、奇遇だな」

珍しそうに風太は目を開いた。
汰絽も同じように目を開いて、はっとしたように風太の顔を近くで見る。


「ん…そう言えば、どことなく、顔立ちも似てるような…?」

「どこで知り合ったんだ」

「警察です。両親と姉の事故のときの担当さんでした。その後も、よく訪ねてくれてお世話になりました」

「…待った、お前、そいつと何時まで会ってた?」

「えっと、確か…祖母の葬式の前だから…推薦入試の時だったかな?」

「2月か…一致してるな」

「どうしたんですか?」

風太が考え込む様子を見て、汰絽ははてなマークを浮かべた。
それから風太は携帯を取り出してなにやら操作をしている。
操作の末、目的が見つかったのか、汰絽に見せた。


「病院ですか?」

「そうだ。…て、そっちじゃない。写真の奴を見ろ」

「はい」

「見覚え、あるか」

「…あ、え? は、は? え、どうして…」

「その顔だと、あるようだな」

「ど、どうして、風斗さんが…」

「そいつは…、俺の親父だ」

「…お、お父さん!?」

「お、お父さんって、お、おとうさんですか?」

「お…おお。わかりやすく混乱してるな」

「え? あれ? お、おとうさん?」

「そうだ。正真正銘、俺の親父」

「え、は、風斗さんが?」

「そうだ」

目に見えた混乱に風太は苦笑しつつ、汰絽にもう一度告げる。
まさか、こんなことで自分が探していたもう一人が見つかるとは思ってもみなかった。
そのため、風太は汰絽を見据えて、次の質問に移ろうとする。


「お前、あいつのことどこまで知ってる?」

「名前と職業と、僕より二歳年上の子供がいると聞いてました。…その子供が、春野先輩?」

「そうだ…。それしか言ってなかったか」

「はい。それ以上は、何も」

「説明すると、長くなるんだが」

「…聞きます。あの、病院ってことは、風斗さんに、何か…」

「それも含めて、説明するから」

「は、はい」

風太は混乱しつつも説明を聞く、といった汰絽の頬を撫でた。
その手が触れたのは一瞬だけで、汰絽はその感覚をつかめずにいる。
けれど、風太の顔つきが変わったのにたいし、汰絽も気を引き締めた。


「俺が十四の時か…。親父が仕事で俺と年の近い子の事故を担当したって聞いた。それがお前な」

「はい、僕も、その時少しだけ先輩のこと、聞きました」

「そうか。それでな、親父はすごいお前の事を気にしてたんだ。ちょうど、俺も訳があって、それは追々話す」

「はい」

「俺は、親父が休日にどこかに出かけるのが気になっててな。それで聞いたら、気に掛る奴がいて…。親父は、お前のそばにいなきゃいけないって思ったって」

「だから、風斗さんは、あんなに…」

汰絽が思い出したように、声を落とした。
風太もそれを聞いて、その時を思い出す。
あんなに熱心な父親を見たのは、久し振りだったのだ。
家に居るとにこにこと笑っている優しい父親が、真剣な顔をして時々辛そうな顔をしていたことを思い出した。


「それでな。お前のばあさんが先が短いことを、ばあさんから親父は聞いたんだ」

「おばあちゃんが、風斗さんに伝えたんですか?」

「ああ、親父からそう聞いた。…でな、ばあさんに頼まれたらしい。もし自分が死んだら、お前とむくの保護者になってほしいって」

「ほ…保護者…」

保護者、という言葉に、汰絽は一瞬表情を曇らせた。
それは風太にもわかるぐらいで、風太はそっと汰絽の背中をさする。


「けど、丁度…、親父も体調を崩し始めたんだ。だいぶガタが来てたんだよ」

「だから、うちにこれなかったんですね」

「ああ。お前の家の住所も言えないくらいな。まあ、最近は意識が回復したんだけど。先は短いと思う」

「…」

「それで、回復してからさ、お前のこと、譫言みたいに話すんだよ」

「僕のこと…?」

「あの子たちは大丈夫だろうかって。あんまりにもしつこいし、…後悔しながら死なれたら、後味が悪いからな。それで、お前を探してた」

「…手がかりも、なしで…?」

汰絽が、ためらいがちに顔を上げた。
それに風太は苦笑して、蜂蜜色をくしゃくしゃと撫でる。
そうすれば汰絽は小さく悲鳴を上げながら、笑った。


「なしでな。聞き取れたのは、俺と同じ高校ってだけ。わかるわけねぇよな」

「けど、」

「ああ。お前に声をかけたのは偶然。昨日の朝、すれ違った時に話してみたいと思っただけ」

「そ、それだけで…?」

「ああ。なんか、お前の傍、温かそうだったんだよ」

「あたたかそう」

「そうだ」

そう伝えれば、汰絽がうれしそうな顔をした。
風太もその嬉しそうな顔に、温かくなるのを感じる。
風太が汰絽に求めたものは、この温かくだった。

チャイムが鳴る音を聞いて、汰絽は狼狽した。
風太に出るように言われてようやく立ち上がる。
それから、一度頭を下げて玄関に向かった。


「こんにちは、あ、もうこんばんはかしら」

戸を開けて立っていたのは、すらっとした綺麗な体型の女性。
優しそうな声色をしているが、しっかりとした強さを持っている。
汰絽は気迫に押されながらも、こんばんは、と返した。


「早い時間にごめんね。結之の母です。結之を迎えに来たのだけれど」

「あ、すみません。今、お昼寝してて…」

「あら? もう、夕方近くなんだけど」

「え?」

結之の母に言われて、玄関の外を見たらとっくに、暗くなっていた。
汰絽は、かあっと顔を赤くして小さく謝る。


「あら、気づいてなかったのね。あ、挨拶忘れていたわ。私、結之の母で、貴方のおばあちゃん、アンリさんのお茶仲間の朝城結子よ。よろしくね」

「あ、六十里汰絽です。よろしくお願いします」

「いいえ。あ、急に訪ねて悪いんだけど、結之連れてきてもらっていいかな」

「はい。あがりますか?」

「ごめんなさい。これから用事があるのよ」

「わかりました」

結之の母、結子に言われ、汰絽はリビングに向かった。
リビングではちょうど、風太が結之を抱き上げている。
まだ、うとうととしていて、眠たそうだ。


「あ、かわります」

「いや、いい。そっちまで連れてく」

「ありがとうございます」

「別にかまわねえって」

風太がにかっと笑って、汰絽は安心した。
それから結之のお泊り道具を取ってから、結子のもとに戻る。


「あら、汰絽君のお友達?」

「あ、はい」

「ありがとう。お礼、出来なかったからまた今度。じゃあ、汰絽君、お友達君またね」

「さよなら。ゆうちゃん、またね」

「ばいばい」

結之のばいばいに、風太も手をふって返した。
結子と結之を見送ってから、リビングに戻る。


むくはまだすやすやと眠っていて、起こすのがためらわれる。
汰絽と風太はソファーに座った。


「…たろ」

「はい」

「…出来れば明日」

「はい?」

「出来れば明日、親父の病院に来てほしい」

「あ、明日ですか?」

「できれば、な。別にいつでも構わないんだが、いつ死ぬか分からないから」

「わかりました。あの、むくも一緒でいいんですか?」

「おう。むしろ来てほしい」

「わかりました」

汰絽の二つ返事に風太は安心したように息を吐いた。
汰絽も同じように息を吐き出す。


「まさか、お前だったとはな…」

「すごい偶然ですよね」

「おう。会ったばっかりで聞くのは悪いが…、お前どうやって暮らしてんの」

「祖母と両親の残した財産とかで、です。結構残ってるんですが、むくのために残しておきたくて。やりくりしてます」

「へえ…。がんばってるんだな」

「はい。…先輩は、どうして」

「ん? 俺、あー、なんていうか、話すと長くなるんだよ。明日でもいいか?」

「かまいませんよ」

「そろそろ時間だ。帰るな」

風太の言葉に汰絽は立ち上がった。
同じように風太も立ち上がり、玄関へ向かう。


「あ、この間買った着替えとか置いといていいか?」

「いいですよ。また泊りに来てくれるんですよね?」

「おう。ああ、明日、朝十時頃迎えに来る」

「はい。わかりました」

「じゃあ…」

「…明日、ですね」

「ああ。じゃあな」

風太が玄関を出たのと同時に、むくの泣き声が聞こえた。
汰絽は玄関の扉が閉まる音を聞いて、リビングへ急ぐ。
それから、むくを抱き上げてあやした。


「どうしたの?」

「ふぇ、ぇ、ゆうちゃんはぁ?」

「ゆうちゃんは、ご用があるから、帰ったよ」

「ふうたはぁー?」

「春野先輩も、ご用があるから」

風太や結之が帰ったことを告げると、むくは大きな目から涙をぼろぼろこぼしている。
それを見て、汰絽も悲しくなった。


「みんな、いっしょがいいよぉ」

「そうだね、みんな…一緒がいいね」

「ひっく、たぁちゃん、ないてるの?」

「たろは泣いてないよ。泣いてるのは、むくだよ。おめめからたくさん涙でてる」

「たぁちゃん、泣きそうだよお」

「むくが悲しいと、たろも悲しいの。だから、泣きやもうね」

「うん」

コクンと頷き、ようやく泣きやみそうになったむくに、汰絽は安心した。
頭をそっと撫でて、明日のことを伝える。


「明日、春野先輩がお迎えにくるよ」

「ふうたが? どうしてえ?」

「風斗さん覚えてる?」

「うん!」

「風斗さんに会わせてくれるって」

「ほんと!? やったあ!」

「だから、明日もたくさんの人と一緒だよ」

「うん!」

風太、という言葉に、むくは笑みをこぼして、喜んだ。
むくも、汰絽が嬉しそうに笑ったのを見て、嬉しくなる。


「夕飯は、むくの大好きなハンバーグにしよっか」

「うん! 嬉しいな」

「そう? じゃあ、むくもお手伝いしてくれる?」

「うん」

そう言って、2人は手をつないでキッチンへ向かった。


はじめましてですがお泊りしますか? end
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