お休みなさい

「あー、泊るって言ったのはいいんだけど、替えがねえや。近くに服屋とかある?」

「ショッピングモールなら、自転車で五分の所にあります。自転車貸しましょうか?」

「頼む」

「はい。まだ七時なのでやってますよ。あの、僕いけないんですが…」

「平気だ。携帯でナビる」

「はい、じゃあ、自転車出しますね」

おう、と返事をして、汰絽の後ろをついて行く。
玄関を出て、隣の扉を開くと自転車置き場があった。
バイクも置いてあって、その脇に自転車が置いてある。


「アイスとかなんかいる?」

「そんな、悪いです」

「いいって、俺が食いたいのもあるし。むく達はもう寝る時間か?」

「まだ七時なので、大丈夫ですよ」

「わかった。すぐ帰ってくる」

「はい、行ってらっしゃい」

汰絽の頭を撫でてから、暗い夜道を進む。
汰絽の言ったとおり、すぐにショッピングモールについた。
一番手頃な店に入り、スウェットを一着と必要なものを買う。
それから食品売り場でアイスを眺めた。

(どれにすっかな…)

単品のアイスよりも、箱アイスの方に目が行ってしまい、風太は二箱手に取った。
一つは幼稚園児でも食べやすいようなチョコとバニラで、もう一つはフルーツ。
素早く会計を済ませ、店を出て自転車に乗り、すぐに汰絽の家に向かう。
むくと結之が寝てないことを祈りながら。

自転車を先ほどの場所に置き、玄関をくぐる。
ただいま、というのもおかしいので、汰絽、と呼べば、バスタオルを持った汰絽が出てきた。


「あ、おかえりなさい。早かったですね」

「お…、おう。アイス、冷凍庫に入れてくれ。風呂入ったのか?」

「いえ、これからむく達と入ろうかと思って…。先輩、先入りますか?」

「ふうたー!! どこいってたのお」

「ちょっとな。ほら、アイス」

いや…と答える前に、むくが駆け寄ってきた。
それからきゅっと、汰絽の足にしがみつき、風太を見て笑みを零す。
靴を脱いで三人はリビングに向かって、汰絽はむくを抱き上げながら、冷凍庫にアイスを入れに行く。
結之も汰絽に近寄り、ズボンをきゅっと握ってきた。


「ゆうちゃん、アイスだってー」

「アイス? ゆうのもアイスすきー」

「むく、ゆうちゃん、先お風呂だよ?」

「うん!! ね、ふうたとはいりたい、いい?」

「おう、いいぞ。結之も入るか?」

「うん」

「あ、お願いします」

「おう、お願いされた。…お前も入るか?」

「家の風呂はそんなに広くありません」

風太のお誘いに汰絽はきっぱりと断り、持っていたバスタオルをむくと結之に渡した。
それから、先輩はこれを使ってください、と大きめのバスタオルを渡される。


「むく、お風呂まで案内できるよね?」

「うん!! たーちゃん、アヒルさんいい?」

「いいよ、でもいっぱいはだめだよ?ゆうちゃんと一緒に使うんだよ?」

「うん!! おっきいの二つにする」

「うん、いい子。じゃあ、行ってらっしゃい」

風太に抱えあげられて、風呂場に行ったむく達を見て、汰絽は笑った。
電話が鳴っているのが聞こえてきて、汰絽は直ぐに受話器を取る。相手は好野だ。


「よし君? どうしたの」

『おう、あ、汰絽、大丈夫か?』

「なにが?」

『何かされてない!? 殴られたりとか…』

「してません!!」

汰絽が大きな声を出したのを電話越しで聞き、好野がかすかに笑う。
それを感じた汰絽は赤くなった。


『それをいうなら、されてない、でしょ。良かったー』

「よし君、春野先輩はそんな人じゃないよ」

『まあ、うん、噂あてにしちゃあ駄目だよな…うん、分かってるけど、確認だよ』

「そう。あのね、春野先輩、すごく優しいの」

『え…ええー? どうして』

「コップ運んでくれたり、アイス買ってきてくれたり、むくとゆうちゃんをお風呂に入れてくれた」

『そ…そう…か』

「うん。あ、よし君は、あん先輩と一緒に帰ったの?」

汰絽の言葉に、好野がはっと息をのんだ。その様子を怪訝に思いながら、汰絽は好野が話し出すのを待つ。


『そういえば、そうだった』

「なに話したの?」

『ん? ほら、前に俺が好きなアニメ教えたでしょ? その話。杏先輩、すっごい詳しくてさ。久しぶりに話しこんじゃったよ』

「ふうん…。よし君、僕、よし君が一番だからね」

『お? どうしたー?』

「よしくんが、一番の親友だって言ってるの」

『そ、そう? 汰絽がデレたー』

「でれてないもん。あッ、お布団敷かなきゃ!! もう、切ってい?」

『うん、いいよ。汰絽、俺もお前が一番の親友だよー、おやすみな』

「う、うん!! よし君、おやすみ」

心がほかほかするのを感じながら汰絽は電話を切った。それから急いで寝室へ向かう。
寝室へ入り、押し入れから布団を取り出したところで、汰絽はあっと声を上げた。


「あ…!! むくと僕の分しかない…!!」

押し入れから取り出したむくと汰絽の分の布団。
普段、むくはもう一枚の布団ではなく、汰絽と一緒の布団を使っていた。
そのもう一枚は、むくにはまだ大きくて、使っていなかったもの。


「むくとゆうちゃんはいいとして…、春野先輩、どうしよ…」

そう呟いたところで、たろ、と自分を呼ぶ声が風呂場から聞こえた。


「どうしたんですか?」

「結之がのぼせたみたい」

「え!? わ、大変!! ゆうちゃん」

風太の声に風呂場に行ってみれば、結之がくにゃくにゃになっていた。
急いでタオルで結之を巻き、リビングに連れていく。


「ゆうちゃん、大丈夫?」

「ふらふらするよう」

「今、冷やすの持ってくるね」

「うんー…」

冷やしたタオルと水を持ってくる。
額に当てて水を飲ませれば、落ち着いたようで結之がため息をついた。


「どう? ふらふら良くなった?」

「ちょっとだけ…」

「そっか、じゃあもう少し冷やそっか」

汰絽の膝に頭を置いた結之は、真っ赤な顔をしていたが次第に顔色も良くなってきた。


「ゆうちゃん、だいじょうぶ?」

「あ、むく、上がったんだね」

「うん!! おふろ楽しかったー」

「楽しかった? 良かったね」

上がってきたむくの顔色もよく、汰絽はほっとした。
湯冷めしないよう髪を乾かすため、隣おいで、とむくを呼ぶ。


「ゆうちゃん、パジャマ着よっか」

「うん、あ…おふろば…」

「むうがついてくー!! ゆうちゃん、いこ!!」

「むく、髪は?」

「むう、自分でかわかす!! ゆうちゃん、一人じゃいけないよう。おふろまで暗くてこわいもん」

「わかった。でも、髪乾かさないとアイスなしだからね?」

元気のいい返事を聞いて、汰絽はほっと息をついた。


「たろ」

「あ、お疲れ様です…」

「ん? 疲れてねえよ? …楽しかった。ちびは元気だな。湯あたりもすぐにひいたみたいだし」

「そうですか。…子供ってすぐに具合悪いのとか、風邪とか治っちゃいますよね」

「たろは風呂入らねぇの?」

「あ、入ってきます」

「おう」

汰絽は着替えて戻ってきたむく達と、すれ違いで風呂場に入った。





「ふにゃー…気持ち良かったー…」

風呂からあがり、リビングに戻ると、三人がのんびりとソファーに座りDVDのアニメを見ていた。
時刻は8時。


「たぁちゃんー、アイス食べてい?」

「いいよ、ちゃんと春野先輩にありがとって言ってからだよ」

「うん!! ふうたありがとお」

「どういたしまして。結之もむくと一緒に取ってきな」

「うん、ありがと」

きゃーっと嬉しそうに冷凍庫へ駆け寄っていく2人を見て、汰絽は嬉しそうに小さくはにかむ。


「ふうたあーなにたべるー? たーちゃんはあ?」

「たろ、何食うの」

「え、と、なにがあるんですか?」

「フルーツのとチョコとバニラ。フルーツのはブドウとモモとリンゴにオレンジだったか」

「じゃあ、僕、リンゴいただきます」

「むくー、ブドウとリンゴなー」

「はーい」

風太はむくに伝え終えてから、汰絽に向かってソファーをぽんぽんと叩いた。
頭にはてなマークを浮かべたまま近寄ると、ぐいっと引っ張られる。
思わず、わ、と悲鳴を上げながら座り込むと、満足したのか風太が笑い声をあげた。


「春野先輩、あのですね…」

「ん? なんだ」

「お布団が…」

「おふとん? ああ、…布団?」

「二人分しかなくてですね…」

「お…おう」

「むうはゆうちゃんといっしょがいいな。はい、たあちゃん、ふーた」

「…ってことなんですが。むく、ありがと」

「お…ありがと」

突然の申し立てに、風太は一瞬目を見開いたが、すぐにむくに礼を言い袋を開けた。
結之も戻ってきてカーペットにごろごろしながら吸うタイプのアイスをちゅうちゅうしている。
むくがバニラで結之がチョコだ。


「その…」

「たろがいいなら、俺はたろと一緒に寝るけど」

と、言いつつ棒付きアイスを口に含む。
汰絽もいただきます、と袋をあけ、口に含んだ。


「そんな緊張すんなって。何もしねえよ」

「なにも…? 何もって何かあるんですか?」

「い、否…あ、…たろ、お前ネコバスにそっくりだな」

「…トトロ」

「俺、こんな肥えてねぇぞー」

「…あ、むく、髪乾かした?」

「うん!! 自分でかんばったけど、さいご、ふうたにしてもらった。ゆうちゃんも」

「してもらった」

むくも結之も食べ終わったのかソファーに登って来た。
それからDVDを見続けていたら、次第にむくと結之がうとうとしだす。


「寝かせてきますね」

「おう」

と、汰絽が一言伝えて二人を歯磨きさせ、寝室へ連れて行った。
二枚並んだ布団を見て、いつもむくが汰絽と一緒に使っている方に二人が入っていく。


「むく、たろはあっちにいるけど大丈夫?」

「ん、へーきだよ…」

「わかった。むく、ゆうちゃんおやすみ」

汰絽は目を瞑った二人の頭を撫で、リビングに戻った。


「寝た?」

「はい、すぐに寝つきました」

「疲れたんだろうな」

「すごく楽しかったからですね」

「そうだな」

リビングに戻り、元の位置に座った。
アニメはまだ続いていて、妹を探しに不思議な生き物へ会いに行く途中。
風太が眺めているのをみて、汰絽も同じように眺める。


「この話、むくがすごく好きなんです」

「通りで。…嬉しそうにしてたわけだ。…たろも好きなんだろ?」

「はい。僕も好きです。暇なときはだいたい見てるかもです」

「へぇ」

訪れた沈黙に、汰絽は風太から視線を外した。
風太も同じように汰絽から視線を外し、テレビへ向ける。
それから、風太は、ふと考えついた言葉を口に出した。


「たろ、彼女いる?」

「へ? いませんよ。恋人とか、そういうの、考えたことないです」

「そうか」

「春野先輩は? いっぱいいるんですか?」

「どういうことだよ、いっぱいって。俺は一人もいませんー」

「よし君が、春野先輩は恋人のお友達がたくさんいるって言ってました」

「…いや、別に…恋人のお友達ってなんだよ」

「そうなんですか? …ん、…ふぁ…」

「なに、眠い?」

「少し…」

「じゃあ寝よーぜ。たろ、温かそうだから抱き枕な」

と、ごちゃごちゃと会話しつつ、テレビを消して寝室へ向かった。
穏やかな寝息が聞こえ、自然と静かになる。
先に汰絽が布団に入り、そのあとから風太が入り込んだ。
むくと結之は手をつないで寝ていて、風太と汰絽は背中を合わせている。


「たろ…、そっち向いていい」

「なんでですか…?」

「お前の背中、なんかあったかい」

「えー…どうぞ、ごじゆうに…」

「おう」

小声でそんな風に会話していたら、風太が向きを変えて汰絽の小さな体をぎゅっと抱きしめる。


「ふにゃうッ」

「うおー、あったけー」

「く、くすぐったっ…」

「お、悪い悪い。にっしても、子供体温だなー、お前」

「…先輩も結構あったかいですよ…ふあ…」

「よしよし、もう寝ちゃいな」

「ん…」

次第に瞼を閉じていく汰絽を感じて、風太も目を閉じる。
汰絽の子供体温がやけに心地よかった。
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