お母さんみたい

「じゃあ、汰絽、気を付けてなー」

「ん、よし君も、あと、えっと」

「今野杏だよ、あんでいいからー」

「あ、あんせんぱい、さよなら」

「ばいばいー」

軽く挨拶を済ませ、杏と好野の二人は別の方向へ、残りの二人は汰絽とむくの家に向かう。
結之は風太に肩車され、むくは汰絽と風太に手を繋がれていた。


「春野先輩、ありがとうございます」

「いや、別にいい。家に帰っても一人だからな」

「え?」

「一人暮しなんだよ」

「そうなんですか」

「まあな。別に寂しいとか、不自由なことはないから楽」

「…僕も、むくと二人きりです」

「そうか」

「久しぶりの大人数です」

「よかったな」

そんな風に話しながら歩いていると、むくと結之が歌い始めた。
それに合わせて汰絽も口ずさむ。
軽やかな鼻歌は、なんとも微笑ましい。
風太はそんな三人に小さく笑った。
そうこうしているうちにすぐに家につく。


「むく、ただいまは?」

「はい、ただいまー」

「ゆうちゃん、春野先輩、どうぞ」

「おじゃまします」

「おう、邪魔するな」

「いいえー」

「こっちこっちー」

玄関を開けて、むくが駆け込んでいくのを見て結之と風太も入るように勧めた。
中に入っていく姿を見て、汰絽も入る。
むくの後に続いて入ってた二人は、もうリビングにいた。


「むく、おてて洗ったの? ゆうちゃんもおてて洗って」

「はあい!! ゆうちゃんいこ」

むくと結之が洗面所に行ったのを見て、汰絽はほっと息をついた。
それから、後に気配を感じ、ぱっと振りむくと、風太がいる。
風太はなんだか真剣な顔をして、汰絽を見ていた。


「たろ、俺は?」

「え?」

「いや…」

「おてて洗いますか?」

「…おう。たろも洗おうぜ」

「あ、そうでした」

戻ってきたむくと結之に対し、今度は汰絽と風太が洗面所へ向う。
さらさらと流れる冷水がお湯になるまで待った。


「あ、石鹸はそこの使ってください。タオルはそこです」

「了解」

手を洗ってリビングに戻れば、むくと結之がじゃんけんをして遊んでいる。
汰絽はそんな様子に和んでから夕飯の支度をしようと立ち上がった。


「夕飯なに」

「ん、と…グラタンにしようかと…。あ、先輩、グラタン大丈夫ですか?」

「平気。手伝おうか?」

「いえ、むくとゆうちゃんと遊んでてくださいな」

「わかった」

キッチンへ向かった汰絽を横目に、風太はむくと結之の傍に座った。
すぐにむくは風太の膝に座り、結之もよじ登ろうと必死になっている。
風太はそんな二人を見て、思わず笑う。
それから、汰絽の後ろ姿に視線を移した。
優しい、暖かそうな小さな背中。
たんたん、と野菜を切るリズムを耳に、風太は気持ちが穏やかになるのを感じた。
普段はこんなに穏やかな気持ちになることはない。
普段は、冷え切っていて、どこか、苛立ちを感じていた。
この穏やかさに風太は軽く自分を嘲笑う。

(まったく、似合わない)


「むく、お箸運ぶの手伝って」

「はーい!!」

むくが汰絽に呼ばれ嬉しそうにキッチンへ駆けて行った。
その様子をみて、結之もキッチンへ行く。
風太も二人につられて立ち上がり小さな背中を追った。


「はい、むく、これお願いね」

「うん」

「ん、ゆうちゃんは、このコップをお願い」

「はい」

「あ、んー、…先輩は、残りのコップをお願いします」

「了解」

「たーちゃあん、まだあー?」

「待ってー」

ようやく来た汰絽に、思い思いの席につき食事を始める。
メニューは、グラタンとコーンスープとサラダ。


「ぐらたん、おいしー、たーちゃん、今日のお弁当もおいしいかったー!!」

「そう、良かった。あ、むくほっぺ」

「んー」

「はい、とれたよ。あ、ゆうちゃんもほっぺ」

「あ…」

「取ってあげるよ」

「ありがと…」

「たろ、お前なんか…」

「え?」

「母親みたい…」

「え、ええ?」

いつの間にか、風太は食べ終えていて、ぼけーと汰絽たちの様子を眺めていた。
むぐむぐと食べる汰絽を見て笑う。
むくも似たような食べ方で、食べにくそうだ。


「んー!! ふうた食べるのはやーい」

「大人だからな」

「じゃあ、むうも大人になったらはやくなるの?」

「さあ? ゆっくり噛んで食べた方が大きくなれるぞ」

「ふーん。じゃあ、むうよくかむ」

「おう。そうしな」

「ゆうちゃんもよくかもうねー」

「うん、ゆうのも大きくなりたい」

2人がほわーと笑っているのを見て、風太は隣でむぐむぐしている汰絽を見る。
食べにくそう、そしてなんか音が聞こえない。
風太はそんな汰絽に、笑いがこみ上げてきた。


「たろも良く噛めよ、むぐむぐしてないで」

「…好きで小さいんじゃないもん」

「ま、すねるなって」

どんどん小さくなっていく汰絽に、今度はむくと結之が笑った。
風太は食器運ぶ、と一言告げて、自分の分の食器をキッチンに運ぶ。
それから、むくと結之が運んで来た食器を、流しに入れた。


「むく、たろは?」

「たあちゃんはまだだよ」

「そうか、じゃあ、あっちで遊んでな」

「うん!! ゆうちゃんいこー!!」

むくと結之がリビングに行ったのを確認してから、食器を洗った。
何分かしたら、汰絽がとてとてと食器を運んでくる。


「あ、いいのに、そんな」

「気にするな。いきなり泊まることになったんだから、これぐらいはする」

「じゃあお言葉に甘えて」

そう言って汰絽は風太の隣に立ち、洗った食器を拭いて棚に片付ける作業に取り掛かった。
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