月夜椿
「椿…、寝た?」
アイスを食べ終え、風呂も済ませ、2人はベットの中にいた。
自分の隣に眠る椿に時雨は声をかける。
返事は返ってこず、穏やかな寝息だけが時雨の耳元に届いた。
その寝息がとても心地よい。
そっと眠りを妨げないように、時雨は椿の髪を梳いた。
さらさらと音を立てて指をすり抜ける灰色の髪は、窓から入る月の光にきらきらと輝いた。
「ん…」
小さな声が漏れて、時雨は目を細める。
寝付いた椿は小さく丸まって時雨のほうにすり寄ってきた。
そんな椿の頬に触れて、先ほど灰色の髪を輝かせた窓辺へと視線を移す。
窓が明るく照らされていた。
「月か…」
そっと、椿のに口付けてベットから下りる。
それから窓辺に近づき、窓を開けた。
まだとても寒く、冷たい風が部屋の中にふく。
時雨は、寝息が止まったことに気づき、椿のほうを振りかえった。
「ごめん、起こしたみたいだね…」
起き上がって、こちらを見る椿に月の明かりが輝く。
その様子に目を細めて、時雨は音を立てずに椿のほうに戻った。
「しぐれさん、」
小さな声が自分を呼んだことに気付きながら、時雨は目を瞑った。
その声が何度も自分を求めることに気付きながら。
心地よい、心地よい声が時雨の耳を擽る。
「椿…」
時雨の耳を擽った声に返事をするように小さく呼べば、椿は時雨の服を掴んだ。
その手を握りしめ抱きしめてしまえば、小さな体は包み込まれた。
「椿、月が綺麗だよ」
そう伝えて抱き上げて窓辺に近づけば、椿が外を眺めた。
そっと床におろして椿の後ろから髪に口付ければ、擽ったそうに椿が身をよじる。
綺麗だね、と囁けば、動きが止まって、また窓の方に集中した。
「きれい…」
小さな呟き声に愛おしく感じて、後ろから抱き締める。
それから先ほどと同じように、髪に口付けた。
「あのね、しぐれさんに、拾ってもらった時も、月がきれいだった」
「あの時も?」
「うん、すごくきれいだったよ」
「そっか」
椿の言葉に、時雨は椿と視線を合わせた。
それからゆっくりと口付けする。
小さく洩れる声に、頭を撫でて、背中をなでた。
目をつむれば、初めて見に行った薄紅色の椿の花が浮かんだ。
それは、今日見える月に輝くように光って見えた。
月夜に咲く椿のように儚く美しく、甘い口付けを交わした。
月夜椿 end
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