子犬
「えっと…結構前のほうだね」
ロイが戻ってきて、3人は結構手前の方の席に着いた。
椿を真ん中にして座り、映画が始まるまで…と談笑する。
「どういった内容なんですか?」
「確か、子犬の話だよ。泣けるって言ってた」
「犬…」
「子犬と、飼い主の恋愛事情だったかな、たしか」
「設定がシュールですね」
椿は安曇とロイが話しているのを聞いて、本の中でしか見たことのないこいぬ、とやらを想像した。
あれが動くのだろうか…と眉間にしわを寄せる。
やがて、部屋が徐々に暗くなったのを感じて、椿は少し身構えた。
「椿君、映画始まるよ。ちょっと音が大きいけど、大丈夫だからね」
と、ロイが優しく教えてくれて、椿はほっと詰めていた息を吐き出した。
映画が始まって大きな音にびっくりしながらも見ていたら、小さな毛玉が走っていた。
毛玉、といっても、毛の長い犬種の子犬のようで、はふはふと飼い主にじゃれている。
隣の安曇の様子を見てみれば、微笑ましい、という表情をしていた。
次第に子犬の話から、飼い主の恋愛事情の話になった。
内容は主人公の高校生位の女の子が、身寄りがなくなって、お世話になっている家の長男と恋に落ちる、という話。
少しだけ似てる、と心の中で思い、椿は首をかしげた。
この人、胸が痛くなるって言った…
それは自分が感じる痛みによく似ていて、椿は溜息をついた。
やがて映画は幸せな方向に進み、ハッピーエンドで終わった。
隣では感動したのか、ロイがぐずぐずと鼻をすすっている。
それを見て椿はポケットに入っているハンカチを取り出してロイに渡した。
「あ、ありがと…、やっぱ犬が出てくるとどうにも涙が…」
「ロイさんはいぬがすき…?」
「うん、犬も猫も…動物が好きだよ」
と、笑って席を立った。
安曇も少し鼻をすすっていて、それをロイが声を押さえて笑っていた。
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