愛してる、と囁く声
だいぶ時間が経って、玄関が開く音を聞いた。
その足取りは寝室へ向かってくる。
コンコン、とノックの音を聞き、時雨は椿の手を離してノックに答えた。
「時雨さん、これ」
渡されたのは頼んだもので、時雨はそれを受け取った。
「悪いな、…あと、椿の夕飯消化にいいものにしてくれ」
「わかりました」
「それと…、お前らが使ってる隣の空き部屋に、親戚が来てる」
「昨日、話してた子ですか」
「ああ、本人が出てくるまで構わないでやってほしい」
「わかりました。でも、夕飯のときは呼びますよ?」
「ああ」
じゃあ、とロイは自室へ向かった。
たぶん、荷物を置きに行ったのだろう。
それからキッチンのほうで音がしたから、ロイは夕飯の支度を始めたようだった。
椿の額からタオルをとって、冷えぴたを張った。
その時に一瞬眉間が寄ったことに、少し声を出して笑った。
時雨がかすかに笑ったのを椿は感じた。
瞼が重たくて時雨を見ることができない。
それが、苦しい。
「椿…」
小さな声で呼ばれた名前は自分の名前。
けれど返事をすることができない。
自分は返事をすることができない。
時雨さん、と声を出すこともできない。
「愛してる…」
低い声がそう呟いたのを聞いて椿はまた意識を落とした。
[prev] [next]
戻る