風邪
ばたん、と、大きな音でしまった書斎の扉に驚いた椿はココアを零した。
そんなのもお構いなし、とばかりに時雨は椿をきつく抱きしめる。
紙にどうしたのと書くこともできず、椿は伝えることを奪われたまま抱きしめられた。
椿はそっと時雨の背中に腕をまわして、ありったけの力をこめて時雨にしがみつく。
「驚かせたね、ごめん」
時雨は椿に謝罪して、それからしがみついてくれた椿にお礼、とばかりに頭を撫でた。
「結構、自分ではしっかりしている、と思ってたんだけど…、俺もまだまだみたいだ」
まだまだ、と、首を傾げた椿の頬にもう一度キスする。
やっと落ち着いてきたようで、時雨はため息をついた。
余裕がない、と頭の中で浮かんできた言葉に、少し苛立つ。
若葉のこととはいえ、綺麗事ばかり言っていた。
それをふがいなく思う。
結局は、余裕のなさから来ているのだ。
とん、と肩に椿の頭が当たったのを感じた。
椿に視点を合わせれば、うっすらと頬が染まっている。
「椿…?」
おでこに手を当ててみれば熱くなっている。
急いで抱き上げて寝室へ向かった。
体温を計ってみれば、軽く熱が上がっていた。
軽くといっても、椿の体にとっては大きな負担のようで、意識がもうろうとしている。
ここのところ椿はしっかりと寝付いていると思ったがそれは違うようで、時雨が寝た後も起きていた。
「椿、病院行こうか」
ふるふる、と首を横に振った椿に、時雨は頭を抱えた。
先ほどから病院に行こうとするが、椿がなけなしの力で拒んでくる。
誰も滅多に風邪をひかないため、風邪薬も熱冷ましシートも切らしていた。
「ちょっと待ってて。タオル取ってくるから」
そう言って部屋を出て脱衣所に向かう。
そこにはタオルと洗面器が置いてある。
洗面器に水を張って寝室へ戻ると、椿が起き上がって窓を見てた。
「こら、起きあがったらだめだよ。ちゃんと寝なさい」
時雨の言葉に素直に従った椿に、時雨はほっとしつつ布団をかけた。
それから、濡らして冷やしたタオルを頭に乗せてやる。
冷たいタオルに椿が息をもらした。
そっと手をつなげば、安心したように瞼が閉じられる。
穏やかな寝息を感じ、時雨はそっと椿の頬を撫でた。
熱を帯びた頬は少しだけ心地よい。
電気を消して携帯でロイに冷えぴたと風邪薬を買ってくるようにメールする。
それからテレビをつけて椿が起きない程度に音量を下げた。
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